池澤夏樹「夏の朝の成層圏」

以前、池澤夏樹氏の本を読んで、その雰囲気とかが好きだったので読んでみた。

前に読んだ「氷山の南」も海の話だったし、海が好きなのかしら…
と思いつつ、現代のロビンソン・クルーソーみたいな本書の方が、冒険要素が加わって、より面白かったかも。

ただ最後の方がちょっとバタバタした感じで「え?なんでなんで?」と思っているうちに終わってしまったの、残念だった。
そこまでが最高に面白かったので余計に残念感が募る。
もしかしたら、なんらかの意味(メタファー的な?)があったのかもしれないけれども、読解力のない私には読み取れなかったよ…

以下、本のあらすじと興味深かったところの引用;



主人公の一人称で始まる。どこかの孤島に住んでるっぽい…?という感じで始まり、「彼」という三人称でこれまでの経緯を語ろう、という言及があって物語が始まる。

「彼」は地方新聞の記者で、取材のためにマグロ漁業船に乗っていたところ、ある夜に不注意により大波にさらわれて海に落ちてしまった。
誰にも気づかれずに船はそのまま姿が見えなくなってしまう。

幸いなことに救命胴衣を着ていたので沈むことはなかったうえに、幸いなことに雨も降り、更に運よく島が見えてくる。

誰かが住んでいた跡はあるけれども、今は誰も住んでいない小さな島にて、ココナッツやバナナを食べてしのぐ。
ちょっと体力がついてから、すぐ近くに見える、もう少し大きめの島に渡る。

その島にはなんと家があった!原住民の家ではなく、現代の家が!
しかしやはり人は住んでいないよう。それでも納屋などもあり、そこには缶詰から鉈などの道具も豊富にそろっている。

家に住まわせてもらうことも考えたが、なんとなく現代の家に住むのがはばかれ、ちょっと先にあった原住民が住んでいたであろう小屋を整えて、そちらに住むことにする。
しかし、道具によって暮らし向きが格段によくなったし、何かあった時には家があるという心の安心も得られた。

ある時、ボートが来て人がやってくる。日本に帰れるチャンスだったけれども、なんとなく隠れてしまう。
1人を残してボートは帰ってしまった。
その1人は家にしばらく住むようだった。

その残った1人は、マイロンというハリウッド俳優だった。こうしてマイロンと彼、ヤシ(とマイロンに呼ばれる)との交流が始まる。

ヤシは日本に帰る気がまったく起きず、なぜこんなにも島に固執するのかを悩み、本当に帰らないつもりなのか…?といったことを考えあぐねている。
原住民が乗ったであろうカヌーが朽ちているのをマイロンに見せた際に、マイロンがアメリカの自宅に持って帰って飾るのに惜しいことをした、というのを聞いて憤慨したりと、島との関わり方が自分でも分からないヤシ。

そんななか、マイロンに呼び出されていくと、ヘリコプターがやってくる。
マイロンの仕事仲間たちが、マイロンを連れ戻しにやってきたのだ。
実は、マイロンがこの島に来た理由というのが、娘の自殺をきっかけにアルコール依存症になってしまい、酒絶ちしに来たのであった。
精神科医からの反対はあったが、結果的にヤシという人物が住んでいたこともあり、孤独には陥らずに回復したとマイロンは言う。

ヤシはマイロンの仲間たちにより、非常に文明的な生活を体験してしまう。
その中で、自分の体験を言語化することにより、島での今までの自分とは変わってしまうことに気付く。
さらに、やってきた人の一人、ミランダと交わることにより、それが決定的になる。

しかしマイロンたちとは帰らずに、しばらくは残ることにする。
そしてマイロンの勧めの通り、今までのことを書き出してみることにするのだった。

書き終わり、島での最後の日を過ごすのだった。



マイロンを連れ戻しに来た人たちの交流によって、島の住民でなくなってしまったというところはすごく良かった。
だけど!ミランダの「外側はきれいだけれども、中の内臓は汚い」という話が、なんだかよく分からなくて、唐突でありながらもインパクトは大で、それでいて物語自体にどう影響を与えているのかも分からず、ポカーンとしてしまった…
最後の方にこうなってしまったので、残念な印象が残ってしまった。。。

とはいえ、漂流の話や、島でのサバイバル生活、それに対する心情の変化など、迫真的で説得力がすごかった。
もちろん色々と調べていらっしゃるとは思うけれども、読者にリアルに感じさせる表現・文章って、作家自体がリアルに感じるほどの想像力のたまものなんじゃないかなと思った。

ということで、印象的な文章を…

彼は混乱した。恐怖がわっと身体の中にあふれた。考えはひらめくばかりで脈絡を持たなかった。

p11-12

生活全般について言えば、ここでは材料は足りず、道具はまるでなく、彼自身の技術も不充分だったが、毎日を少しましなものにするためのアイディアはどんどん出てきた。(略)なにもかも不足している中で、自分に知恵が足りないと思うことはなかった。なにもないところで文明の生活をなぞっているのだ。足りないのはアイディアではなく、材料であり道具であり技術だった。

p49

この島の原住民は、アメリカがミサイルの実験をするからということで、一時他へ移住させた。
というのをマイロンが話している中からの引用;

 環境の変化が速すぎると老人は取り残され、若い者の方がさっさと順応する。その結果、老人たちは社会の中で発言力を失い、権威を失い、自信を失う。世界中で起こっていることだ。ミサイルの実験が終っても若い連中は島に帰らないと言い出した。

p113-114

マイロンとの対話の後の文章。(アサ島は主人公が最初に上陸した島のこと)

 こういうことを考えながら暮らしている点で、自分のやっていることの意味をほかのやりかたと比較した上で理解している点で、彼はかつての自分の精神に戻りかけていた。島民たちとも違い、アサ島にいた頃の自分とも違う。マイロンがいるために彼はしばしば自分の立場を言葉で説明しなければならなかった。これが実験だと考えるのはなかなか良い弁明になるかもしれない。先日、マイロンがこの島へ着いた日に、つまり彼に与えられた最も早い機会に、自分がもともと属する社会へ戻らなかったことへの弁明。

p130-131

マイロンがカヌーを持って帰れば良かったと言ったことから始まった言い合いから数日経って、ヤシがこの島に執着する理由(と思しきもの)を語った後。

「こんな風に整然とは考えていなかった。こうして喋っていると、ことが明確になりすぎるという気がする。本当はもっとおぼろげで不安定ではっきりしないんだ。」

「はっきりさせていいのかね?(略)
わたしを相手にはっきりさせてしまっていいのか?きみは今わたしを報告の、告白の、相手にしている。なにしろここにわたししかいないから、話すとなれば相手はわたしということになるが、それでいいのかね?」

 マイロンは真剣な目で彼を見ていた。

「いいと思うけど…」

「ヤシ、きみは、自分で今どのように考えているにしても決してこの島に属してはいない。今のきみの報告の姿勢は、きみとわたしが同じ側にいるということを前提にしている。(略)
 わたしは漂着以来のきみの生活のことを一通り聞いた。いっしょにしたこともいろいろあった。しかし、わたしに話したってしかたがない。それではまったく不充分なのだ。きみはきちんと報告書を書くべきだと思う。正直な話、きみがなぜこの島にそれほどしがみつくのかわたしにはまだよくわらない。きみの話を聞かされてもみんなそう思うだろう。きちんと記録し、意味づけをしたらどうだ?」

「それはこの島らしいやりかたじゃないな。島民は誰もそんなことをしなかった」と彼は言った。

「だから」とマイロンは珍しく少し強い口調で言った。「きみはやはりこの島に属する人間ではなく、われわれの側、欧米と言っても日本と呼んでも、文字と言葉を使って自分の立場を明らかにしようとする種類の文明の側に属しているんだ。」

p174-175

ミランダと過ごした夜に。

彼がこの環礁に漂着し、食物と水を集めて生きのび、小屋に住んで必要なものを自分で作ってみたりしたのは決して無意味なことではなかった。そのような過程を通じて、彼はこの島を知り、この風土を知った。それはほかのやりかたでは絶対に知りようのないことだった(と彼はその時もう過去形で考えていた)。

 しかし、彼がこの島にいたという事実は、砂浜の砂の上の風紋やたまたま空に浮んだ奇妙な雲の形とおなじで、すぐに消えるはずのものだ。自然は次の絵のために前の絵をすぐ消してしまうし、精霊たちも名も知らぬ彼のことを速やかに忘れるだろう。一番大事なのは彼の中に残る記憶だけれども、それとて彼が島を出たとたんに薄れはじめ、実体感を失って抽象的なノスタルジアに堕するはずだ。

 自分の人生の一つの時期が終ったことに彼は気づいていた。用心ぶかくやれば人のたくさんいる世界へ戻って前のような、あるいはまた別の、暮しをはじめることも可能だろう。だが、この島での営みから何かが残らなくてはいけない。すでに彼の精神はこの島を出ていた。以前の彼ならば日々の充溢だけを考え、後に残るものと残らぬものの区別などを無視したが、今は複雑な時制をもつ言葉を喋り、文字も書く人間に戻りかけている。

p224

引用が長くなってしまったけれども、あらすじでは書けないこの物語の機微を残しておきたくて…


池澤夏樹『夏の朝の成層圏』1984年

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