ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」


舞台はノース・カロライナ州の湿地。

2つの時間軸で話が進む。
1つが1969年から始まる時間軸。

沼地でチェイス・アンドルーズの死体が発見される。
チェイスは町で裕福な家の生まれで、クォーターバックも務めた人気者の青年。
火の見櫓から落ちたようだけれども、足跡もない。

最初は事故として処理しようとしたが、チェイスがいつもしていた貝殻のペンダントがなくなっていることが分かり、他殺ではないかという疑惑が生まれてくる。

2つ目は1952年から始まる時間軸。どちらかというこちらがメイン。

湿地のはずれに住むカイアが主人公。ホワイトトラッシュと呼ばれる、まだ人種差別が残る時代において白人ではあるものの、自堕落、暴力的、不衛生などなど、人格的にも劣る存在として差別される家の子だった。

カイアが6歳の頃、突然母親が子供たちを残してどこかに行ってしまって、帰ってこなくなってしまう。
残った兄弟たちもどんどん姿を消し、残ったのは酔っ払って暴力をふるう父親と一つ上の兄のジョディ。

父親は戦争で負傷したため、年金生活を送っているが、それが唯一の収入源であるものの、博打はうつわ、酒は飲むわで貧乏生活を余儀なくされている。

ついには、ジョディも父親の暴力に負けてカイアを置いて去ってしまい、取り残された6歳のカイアは、買い物に料理、洗濯とすべてを行わなくてはならなくなる。

一時期、父親と良好な関係を築くが、ある時母親から手紙が来たことがきっかけで、父親は家に寄り付かなくなり、ついには父親も帰ってこなくなってしまった。それがカイアが10歳の時であった。

そこからカイアは1人で生活することになる。

船着き場の燃料店<ガス&ベイト>の黒人の店主ジャンピンと交渉し、彼に貝を売って、そこで得たお金でなんとか食いつないでいた。
父親がいるふりをしていたが、ジャンピンは見抜いており、ジャンピンの妻メイベルが服などの助けも施す。

独りぼっちで生きていたカイアだったが、テイトという少年と仲良くなる。
彼は元々ジョディの友達で、カイアが小さい頃にも会ったことがあるらしい。

カイアは1回だけ学校に行ったことがあるが、からかわれてから行くのを止めてしまったため、字が読めなかった。それをテイトが教えてあげる。
カイアはぐんぐんと学力をあげていき、それまでも行っていた湿地の観察も本格的になる。

テイトと良い感じになっていくが、優秀なテイトは大学に行くことになる。
家族に捨てられたカイアは、テイトが自分も捨てるのではないかと恐れるが、テイトは必ず戻ってくることを約束する。

が…結局、テイトは戻ってこないのだった。

実際にはテイトは戻って来たのだが、アカデミックの世界に進みたいテイトは、カイアの姿を見て、その世界に連れていけないと思って去っていくのだった。

その代わりにカイアの前に現れたのがチェイスだった。
プレイボーイのチェイスは、元々は物珍しい「湿地の少女」の初めてをもらうだけに近づいた。
しかし、カイアが美しく、純粋だったこともあり、カイアにどんどん惹かれていく。
チョイスがずっとした貝のペンダントはカイアがあげたものだった。
チョイスは将来を約束し、カイアと結ばれ、恋人同士になる。

が…またもや…なかなか両親に紹介してくれないチョイスに不信感を抱いていたのだが、ひょんなことから、カイアはチョイスが町の女性と結婚したことを新聞で知る。

それと前後して、テイトに再開する。テイトはカイアに許しを乞うが、当時チョイスを交際していたカイアは完全に許すことはできなかった。
が、カイアの湿地に関する絵や観察の成果を見て、テイトは出版社に送り、なんとそれが出版化されることになる。しかもシリーズで。
おかげで、カイアは大きな収入を得ることができるようになったのだ。

そしてなんと、兄であるジョディが姿を現す。軍隊に入り、大学にも入学したジョディは、カイアの本を読み訪問したのだった。
ジョディから、母親が数年前に亡くなったことを聞く。

母親は元々裕福な家の娘であった。父親の家も元々裕福だったが没落。それでも美しい娘だった母親に一目ぼれした父親は何とか口説き、二人は結婚する。父親は生来どうしようもない男で、学校も中退、仕事も辞めてしまう、そして博打に酒にと手を出すのだった。きわめつけは戦争に行き、しかし臆病風にふかれてもたついている内に怪我、それを名誉の負傷として称賛されたが、自分の弱さにほとほと嫌になり、ますます酒に溺れるようになったのだ。

母親はどんどん転落していくなかで、なんとか住む環境を整えようとしたが、父親の暴力に心が病み、ある朝、衝動的に家出をしてしまう。我に返った時には子供たちを置いてきてしまったことに愕然とし、父親に子供たちを引き取りたいと手紙を出したが、「帰って来たら子どもを殺す」という父親からの手紙で戻ることもできなくなってしまったのだ。良心の呵責に苛まれたまま亡くなったというのだ。

ジョディと良い思い出を共有した後、またやってくるという言葉を残してジョディは帰っていった。

その後くらいに、ずっと避けていたチェイスにつかまり、なんとチェイスは結婚しても関係を続けたいとカイアに迫るのだった。
それに反抗するカイアに暴力をふるうチェイス。逃げのびたカイアは恐怖に震える生活を送ることになる。

という話と同時進行で、チェイスの捜索の話が進む。
チェイスの死は他殺と推測され、その容疑者としてカイアの名前があがる。

しかし、カイアには強力なアリバイがあった。それはチェイスが死んだ日、出版社の担当に呼ばれてまったく別の町にいたのだ。
しかし朝方、カイアのボートを見たという目撃情報があり、カイアは逮捕されてしまう。

皆に嫌われている「湿地の少女」ということで、偏った結果にならないか心配されるなか、敏腕の弁護士がつく。
しかし、弁護士が手を焼くほど、カイアは何も話さない。
ただ、弁護士の腕がたち、カイアのボートを見たという人たちも、朝方の靄の中ではっきりと顔を見たわけではない、という話や、チェイスの服についていた繊維がカイアの家から押収したマフラーと同じということも、その日に付いたのか、もっと前に付いたのか定かではない、といった反論を返していく。

そして…カイアは圧倒的な不利だったのに、陪審員たちは「無罪」とするのだった。
こうして、カイアは家に戻り、チェイスも結局他殺なのか事故死なのか分からないまま、この事件の幕は閉じる。

投獄されている間もテイトはカイアを献身的に支えており、そのおかげもあって、カイアとテイトは結ばれ、結婚する。
残念ながら子どもには恵まれなかったが、ジョディの家族との交流があり、寂しさが紛れた。
カイアの本は受賞し、ノース・カロライナ大学のチャペルヒル校から名誉博士号を贈られ、テイトも研究者とした研究所で働いた。

そして64歳でカイアは生涯を閉じる。

悲しみにくれるテイトは、隠された箱を見つける。それを開けると中には、地元の詩人であるアマンダ・ハミルトンの手書きの詩が出てくる。ここで、カイアがアマンダ・ハミルトンであったことが分かる。

自然や愛を扱った詩ばかりのなか、異色の詩を見つける。それは確実に、チェイスの犯罪を書いた詩であった。そして貝のペンダントも見つかる。つまり、カイアこそが犯人だったのだ。


ちょっと最後が、いや、カイアが犯人なんだろうなー…とは思っていたけれども、あのカイアのことを強く信じていたテイトとか弁護士さんたちの努力って…と若干あっけにとられてしまった。
が、それはこちらの都合であって、なんでカイアがチェイスを殺したのか示唆するシーンがある。
それが、蛍のメスがオスとの交尾後、オスを食べるシーンで

 ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこに悪意はなく、あるのはただ拍動する命だけなのだ。たとえ一部の者は犠牲になるとしても。生物学では、善と悪は基本的に同じであり、見る角度によって替わるものだと捉えられている。

ちなみに、カイアが犯人だとテイトが分かった詩も「蛍」というタイトル。
人間社会よりも自然社会に身を置いていたカイアは、自分に大きな危害を与えるチェイスこそ、平安に暮らすために排除しなくてはならない対象であり、それに対する罪悪感は、通常の人間とは違ってあまり抱かなかったのだろう、と思う。蛍だけではなく、カマキリも、メスが同族のオスを食べることが言及されているところからも、そこらへんの抵抗感が薄かったのだろう。
ただ、人間社会のことも分かっているから、偽装してアリバイを作り、裁判で不利なことを言わない、といった知恵も働かせたのだろう。

それに対して、善か悪かとカイアに問うのはナンセンスなことなのかなと思った。
そういうカイアを作ったのは見捨てていった周りの人間だし、もっと広い目で生物というくくりで見れば、自分の安全のために脅威を殺す、というのは自然なことだし、ということで。
そしてこういう視点で書けたのは、動物学者の作者ならではなのかなとも思った。

ちなみに、タイトルとなっている「ザリガニの鳴くところ」とは、”茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きている場所”ということらしい。

処女作ということで、”こんな長い間人間としゃべったことなかった女の子が、字を読めるようになったからって、突然本読めるようになるか?”とか”初めて読んだ文章があまりに高度”とか、細かく見るとつっこみたいところがあるが、読んでいる間はまったく気にならないくらい話の展開が卓逸で、夢中になって読んだ。

今のところ、今年で一番面白かった本!


ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』友廣純訳 2020年 早川書房

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