スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』

ネットでマンガの紹介をしているのを読み、マンガよりも原作を読んでみようと”読みたい本リスト”に追加。
結局読んだのは、皮肉にもロシアのウクライナ侵攻が激化している時。本書とはロシアの立場が逆転してしまっている。

本書に描かれている凄惨な内容を読むと、
なぜ自分たちがドイツの侵攻に必死で抵抗したのと同じように、ウクライナも抵抗すると思わないのか、
なぜ自分たちが理不尽な気持ちでいたように、今ウクライナで人々が同じ気持ちになっていると思わないのか、
なんというか、愚かしい歴史が繰り返しているという虚しさみたいなものを感じた。

おそらく本書は、それまで語られず、むしろ煙たがられていた「女の戦争」に焦点をあてるというのが目的だったんだろうけど、今この時期に読むと、また違った様相をしてくる。

簡単に本書について紹介すると
本書は、ジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの処女作である。
第二次世界大戦時、『独ソ戦』で読んだ通り、ナチスドイツが不可侵条約を破ってロシアに攻めてくる。その時ロシア側では、男性だけではなく女性も志願し従軍した。しかし、こうした女性は第二次世界大戦後、語られることはなかった。

アレクシエーヴィチ氏は言う。戦争の本は常に男性の目線で書かれており、女性が話すとしても「男の」戦争観の中で語られる。戦後生まれのアレクシエーヴィチ氏は、家や戦友たちの集まりの時だけに女性たちが少し語る内容に衝撃を受け、本書を書こうという動機に至った。

あちこちに赴き、従軍した女性たちに聞き取りをした内容が記述され、ところどころにアレクシエーヴィチ氏のコメントが入っている。
コメントは、聞き取りの大変さ、そこから見えてくる戦後の女性たちの苦悩が見て取れる。

本書は内容の性質上、まとめるということはできないので、印象的だった部分の引用をしていく。


まず最初に引用するのは、本書のことを表していると思うので冒頭の文章。アレクシエーヴィチ氏がこの本を書くことに決めた動機や目的が書かれている。

女たちが語ってくれたことにはとてつもない秘密が牙をむいていた。わたしたちが本で読んだり、話で聴いて慣れていること、英雄的に他の者たちを殺して勝利した、あるいは負けたということはほとんどない。女たちが話すことは別のことだった。「女たちの」戦争にはそれなりの色、臭いがあり、光があり、気持ちが入っていた。そこには英雄もなく信じがたいような手柄もない、人間を越えてしまうようなスケールの事に関わっている人々がいるだけ。そこでは人間たちだけが苦しんでいるのではなく、土も、小鳥たちも、木々も苦しんでいる。地上に生きているもののすべてが、言葉もなく苦しんでいる、だからなお恐ろしい……

それにしても、なぜ?幾度となく自問した。女たちはかつて、男ばかりの世界で自分の地位を主張し、それを獲得したのに、なぜ自分の物語を守り切らなかったのだろうか?自分たちの言葉や気持ちを。自分を信じなかったのだろうか?まるまる一つの世界が知られないままに隠されてきた。女たちの戦争は知られないままになっていた……

その戦争の物語を書きたい。女たちのものがたりを。

p5

狙撃兵の話。初めて人を撃った時の話。平和ボケしている自分に、ガツンと大きな衝撃を与えた最初の文章。

三回目に現れた時、それはほんの一瞬だったけれど、私は撃つことに決めたの。そう決心した時、一瞬ひらめいた。「敵と言ったって人間だわ」と。両手が震え始めて、全身に悪寒が走った。恐怖のようなものが……。今でも、眠っているとき、ふとあの感覚がよみがえってくる……。ベニヤの標的は撃ったけど生きた人間を撃つのは難しかった。銃眼を通して見ているからすぐ近くにいるみたい……。私の中で何かが抵抗している。どうしても決心できない。私は気を取り直して引き金を引いた。彼は両腕を上げて、倒れた。死んだかどうか分からない。そのあとは震えがずっと激しくなった。恐怖心にとらわれた。私は人間を殺したんだ。この意識に慣れなければならなかった。そう……一言で言えば……たまらないって感じ。忘れられない……

p51-52

衛生係の話。

自分の心がどうなるかなんて決してわかるもんじゃないわ。冬にドイツ人の捕虜が連れていかれるのにでくわしたときのこと。みんな凍えていた。…(中略)…捕虜の中に一人の兵士がいた……。少年よ……。涙が顔の上に凍り付いている。私は手押し車で食堂にパンを運んでいるところだった。その兵士の眼が私の手押し車に釘付けになっているの。私のことなんか眼中になくて、手押し車だけを見てる。パンだ、パン……。私はパンを一個とって半分に割ってやり、それを兵士にあげた。その子は受け取った……。受け取ったけど、信じられないの……。信じられない……信じられないのよ。

私は嬉しかった……。憎むことができないということが嬉しかった。自分でも驚いたわ……

p129

アレクシエーヴィチ氏のコメント。各人の持つ”ストーリー”を語る/伝えることの難しさが分かる。結局どういう状況・コンテキストの中で語るかによって、その内容・雰囲気が変わるわけだから、”正確に”伝えることは難しいし、そもそも何によって”正確”というのかも分からないと思った。なぜなら、アヴェンタドール氏は「記念碑」と表現するが、この「記念碑」も語り部の持つ”ストーリー”の一側面だと思うからだ。

話を聞いた後にテープ起こしをし、約束通りに衝撃を受けたことを選び出して送ると、大幅に削られて返ってくる。

 その後もこのように一人の人間の中にある二つの真実にたびたび出くわすことになる。心の憶測に追いやられているそのひとの真実と、現代の時代の精神に染みついた、新聞の匂いのする他人の真実が。第一の真実は二つ目の圧力に耐えきれない。家を訪問して話を聞く時に、もし彼女のほかに身内や知り合い、近所の人などがいると、ことに男性が居合わせると、二人っきりで話を聞く時よりは、真心からの打ち解けた話が少なくなる。…(中略)…聞き手が多いほど、話は無味乾燥で消毒済みになっていった。かくあるべしという話になった。恐ろしいことは偉大なことになり、人間の内にある理解しがたいくらいものが、たちどころに説明のつくことになってしまった。私は、誇り高く、とりつくしまもない記念碑ばかりが立っている輝く表面に覆われた砂漠に身を置くことになる。

 いつも私は驚かされた。もっとも人間的な素朴なことに対する不信感と、現実を理想や実物大の模型に、ありふれた暖かみを冷たい輝きにすりかえたいという願望に。

p154-155

フランス人記者に乞われるまま、高射砲指揮官だった語りてが戦争の体験を物語ると、そのフランス人記者が泣きながら告白する、という話。同じヨーロッパで同じ側にいてもこうも認識が違うんだな…

「チュダーエワさん、お気を悪くしないでください。フランスでは第一次世界大戦のほうが第二次世界大戦よりもっとショックが大きかったんで、墓碑や共同墓地も第一次大戦のものばかり、第二次大戦のことも忘れられてはいないんですが、あなたがたのことはほとんど知りません。多くの人がヒットラーに勝ったのはアメリカだと、そう思っています。ソ連の人たちがこの勝利のために払った犠牲、四年間で二千万人という犠牲はあまり知られていません。あなた方のあまりに非人間的な苦しみなど知らないんです。ありがとうございました。胸がつまります」

p169

はっきりと誰の証言とは書かれていないが、なるほどこういうことは確かに「男の戦争観」のなかでは語られなさそうだなと思った2つ。

戦争で言葉の響きも変わってしまった……戦争……この言葉はこれからいつもついてまわる。「おかあさん」という言葉ももう全然違う意味を持った。「好きよ」と言っても、これもそれまでと違った言葉なの。何かこれまでになかった意味が加わった。もっと愛情が深まって、もっと恐怖が増していたわ。何かもっと……

p194-195

 どういうことかって、そうね、晩秋に渡り鳥が飛んで来るでしょ?その列がとても長く伸びているの。味方の大砲もドイツ軍も撃っている。でも、小鳥たちは飛んで来る。どうやって知らせたらいいの?「こちらに来たら危ないよ。ここは撃ち合ってるんだから」って。どうすれば!?小鳥たちは落ちてくる、地面に落ちてくる……

p207-208

アヴェンタドール氏のコメント。

地上にはこれまでに何千と戦争があった(大きいのも小さいのも入れて全部で三千以上だった、と最近なにかの本で読んだことがある)が、戦争はこれまでそうだったように、この先もずっと人間の本質に触れるもっとも主要なもののひとつなのかもしれない。そして今もそうなのかもしれない。何も変わっていない。私は大きな物語を一人の人間の大きさで考えようとしている。何かを理解するために。言葉を見つけ出すために。けれども、これほど大きくはない、そして見直すのに便利だと思われた一人の人間の心のなかでさえ、歴史を理解するよりはるかに分かりにくく、はるかに予測がつかないものなのだ。といのも私が相手にしているのは生の涙、生の気持ちだから。人間の生きた顔にも、話をしている時に心の痛みや恐怖の陰が差す。時には人間の苦悩がかすかに分かる程度に美しく見えたりまでする。そういうとき私は自分自身におびえてしまう。

 道はただ一つ。人間を愛すること。愛をもって理解しようとすること。

p223-224

騎兵中隊の衛生指導員の話。

 負傷した人に手を貸して連れて行こうとすると二人のドイツ人が小型戦車から出てくるのに気づいたんです。…(中略)…私が機関銃を撃つのが一瞬遅かったら、奴らが私と負傷者を撃ち殺していたでしょう。突然のことでした。戦闘が終わって、二人のところに行くと、目を見開いたまま倒れていました。あの目は今でも憶えています。一人はとてもハンサムな若者でした。可哀想でした。ファシストであっても、やはり。この気持ちは長いこと消えませんでした。殺すなんていやなんです。分かるでしょう?恨み、憎しみがあったはずです、なんで私たちの国にやって来たんだ、と。でも自分で殺してしまうというのは、恐ろしいことなんです。とっても。自分で殺すのは。

p233-244

アヴェンタドール氏のコメント。従軍したのは18歳から20歳の若い女の子たちが多かった。そうした子たちが、軍用ブーツなどを履いて、ハイヒールや花束といった女性らしいものを忘れ去ることができるのだろうか?と抱いていた疑問に対して。
(現代人が抱くであろう”女性らしいものってなに?”という疑問はいったん置いておいて…)

戦争に女性らしい日常などありえないと思い込んでいたからだ。そんなことは不可能で、ほとんど禁じられている、と。でも、私は間違っていた……まもなく、何人かの会見で気づいたことだが、女性たちは何の話をしていても必ず(そう!)「美しさ」のことを思い出す、それは女性としての存在の根絶できない部分。…(中略)…。彼女たちは喜んでこういう娘らしい工夫(中略部分のエピソード:メダル授与の時に、古い詰襟シャツしかなかったのでガーゼで襟を縫いつけた)や、小さな内緒事、表立っては見えないちょっとしたことについて生き生きと話してくれた。戦争の「男向きの」日常で、「男がやること」である戦争のただ中でも自分らしさを残しておきたかったことを。女性の本性にそむきたくない、という思い。…(中略)…その日常と女性であるという存在が切れ目なくぴったり身を寄せ合っていて、女性であった時間の流れが意味を持っていた。戦争を思い出す時も、何かそこに出来事があったというよりは、人生の流れのなかのひとつの時期のように思い出す。いくどとなく気づいたのだが、彼女たちと話していると、小さなことが大きなことに勝っていて、時にそれは歴史全体より勝ることもあった。

p283-284

通信兵の話。ロシア軍がドイツに攻め入り、ドイツ軍に勝利したとき、『独ソ戦』にあったように暴行・略奪が繰り広げられた。ロシア兵に乱暴されたドイツ人女性が連れられてきた時の話。

大隊が整列された……このドイツ人の娘たちはこう言われたの。「行って見つけなさい、誰がやったのか分かったら、ただちにその場で銃殺する」って。「階級は問わない。恥ずべきことだ!」と。でも、娘たちはじっとして、泣いていた。その子たちは望まなかった……これ以上血を流されるのを見たくないって……そう言った。それからその子たちはパンを一斤ずつ与えられた。もちろん、こういうことは戦争だから……もちろん……

 許すことが簡単だとでも思う?壊れていない、白い、立派な家、煉瓦の屋根。バラの花まで咲いている……私自身だって、奴らが痛い目に遭えばいいと思っていたわ……もちろん……奴らの涙が見たかった……いい人になることなんてすぐにはできないわ。正しい、優しい人になんて。今のあなたのような、いい人なんか。奴らに同情するなんて。そのためには、私は何十年も必要だった……

p448-449

最後は衛生指導員の話で、戦後、従軍した女性たちがどんなことをくぐり抜けてきたのが語られている。
少し長いので2つに分けて引用。
1つ目は、戦争が終ったら結婚しようと誓い合った相手と、戦後、結婚することになった時のこと。

 あたしたちはイワノヴァ州のキニェシマに行った。彼の両親の所に。あたしはいつも英雄だったから、あんなふうに戦地にいた娘たちが迎えられるって思っても見なかったんだよ。あんなにたくさんの戦場で、どれだけたくさんの母親たちの息子を、妻たちにその夫を救ってやったかもしれないのに。それが突然、侮辱の言葉で言われたんだよ。…(中略)…

 夕方になってみんなでお茶を飲もうとテーブルについた時、彼のお母さんが台所へ息子を呼び出して泣いているの。「なんだって戦場の花嫁なんかを?おまえは妹もまだ二人いるのに、もう貰い手はないよ」今でもこの時のことを思い出すと泣きたくなる。創造できるかい?私は大好きなレコードを持って行った。大好きだったさ。「本当はしゃれたハイヒールを履く資格だってあるのよ」とレコードは歌っていた。戦地にいた娘たちのことさ。私がこれをかけたら、彼の姉が私の見ている前で、「あんたには何の資格もないわ」と割ってしまったんだよ。私の戦場の思い出の写真は全部捨てられてしまった。ねえ、あんた、これを説明する言葉もないよ……言葉がない……

…(中略)…

 戦地にいたことのある娘たちは大変だったよ。戦後はまた別の戦いがあった。それも恐ろしい戦いだった。男たちは私たちを置き去りにした。かばってくれなかった。

p477-478

2つ目は今だからこそ、余計に強く印象に残った。

兵器のおもちゃは嫌だよ、飛行機とか戦車とか、誰がこんなものを思いついたんだろ?胸を引き裂かれる思いがする。…(中略)…ある時、軍用機やプラスチックの自動小銃のおもちゃを誰かが家に持って来た。すぐにゴミ捨て場に捨てたよ。すぐに!だって、人間の命って、天の恵みなんだよ。偉大な恵みさ。人間がどうにかできるものじゃないんだから……

 戦争中どんなことに憧れていたか分かるかい?あたしたち、夢見ていた、「戦争が終わるまで生き延びられたら、戦争のあとの人々はどんなに幸せな人たちだろう!どんなにすばらしい生活が始まるんだろう。こんなにつらい思いをした人たちはお互いをいたわりあう。それはもう違う人たちになるんだね」ってね。そのことを疑わなかった。これっぽっちも。

 ところが、どうよ……え?またまた、殺し合っている。一番理解できないことよ……いったいこれはどういうことなんだろう?え?私たちってのは……

p480-481

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』三浦みどり訳、2016年、岩波現代文庫

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