行った日:2021/3/19
★★★★☆
本日のBest:竹内栖鳳《春の海》
全体的な感想
前回訪問した時にも思ったけれども、福田美術館はちょうど良い大きさの美術館で、展示数といい、あまり疲れずにゆったりと見れる。
まだ今回入れて2回しか行ってないけど、どちらも良質な展覧会で満足度高いし。
さて今回の「栖鳳の時代」展。
栖鳳の師匠、同門、弟子と、栖鳳が中心ではあるけれども、多くの人の作品があって楽しめた。
特に栖鳳の弟子というのが、様々な画風の人たちばかりで、その人の個性を伸ばす、栖鳳って良い師匠だったんだな、と思った。
橋本関雪(最終的に喧嘩して飛び出るけど)、山口華楊、小野竹喬、福田平八郎、堂本印象と、全然画風違うし、今回は展示がなかったけれど上村松園なんて美人画というジャンルまで違う。
ふと、ギュスターヴ・モローもその人の個性を大切にする良い先生で、その弟子にルオーにマティスと、画風がまったく異なる人たちが出てることを思い出した。
ということで、この展覧会、画風という点でもバラエティ豊かで楽しめた。
これまた、福田美術館が保有してる作品、素敵なものばかりなんだな。
印象に残った作品
竹内栖鳳《春日野》紙本著色 1938年頃
圧倒的な画力はさすが栖鳳という感じなんだけど、それだけではなく構図も面白い。
一部しか描かずに、鹿が振り返るさまを描ききるのは、その画力によるものなんだろうけど。
幸野楳嶺《蓮華之図》紙本著色 1894年頃
はじめての見た幸野の作品。
水面に浮かぶ散った花びらとかおしべ(?)が描かれてるのがなんかいいなと思った。
それも含めて美しいと感じたのかな。
竹内栖鳳《金獅図》紙本著色 1906年
栖鳳がヨーロッパから帰国後描いた《獅子》と同じ趣向のもの、とのこと。依頼主に制作が贈れたことを詫びる栖鳳直筆の手紙が、作品についているらしい!
西山翠嶂が栖鳳の作品を模写したという《虎》の解説にあったけれども、こちらもめっちゃ写実的なライオンと伝統的な日本絵画の手法で描かれた岩の組み合わせが面白い。
大胆というのか。普通だったら、あまりに違う性質のものを合わせるの、勇気がいりそうなものを堂々とやってしまうのが、いい意味で「鵺派」の本領発揮だなと思った。
竹内栖鳳《秋渓漁夫図》紙本著色 1887年
師匠である幸野楳嶺が描いた、このいくつか前に飾られていた《韃靼人狩猟図》と、ここに描かれている人物の顔がどことなく似ていて、師弟だなと思った(色眼鏡かもしれないけれど)。
南画の勉強の成果が表れている作品とのこと。
何よりも漁夫たちがリラックスした顔で、楽しげに船に乗っているのが見ていて微笑ましい。
漁夫たちの軽やかなタッチに対比するかのように、周りの風景の細かさよ!
それでいて蔓科植物の線が軽快で、細かいからといって硬さはないのが素敵。
渡辺与平《狐》紙本著色 1906年
二匹の狐が連れ立って雪の中を歩くのを描く。
どこか木島櫻谷の《寒月》を思い起こさせる世界観だけれども、こちらの狐の方は二匹で寄り添い、お互い会話しているかのようで、《寒月》のような寂しさはなく、むしろ寒い中での微笑ましい二匹に見える。
渡辺与平という画家、聞いたことがなかったけれども、京都市立芸術大学卒業後、人気挿絵作家となり、竹久夢二のライバルとして並び称されたらしい。
確かにこの絵も物語性を感じられるし、挿絵作家になったというのは、何の不思議もない。
竹内栖鳳《猛虎》紙本著色 1930年
本展覧会のポスターになっている作品。
”猛虎”と言えないくらい、口が半開きになったこの表情は愛嬌がある。
解説によると、まさに飛びかかろうと宙を見ていて、その目線の先には獲物の代わりに栖鳳の落款。
栖鳳の遊び心が感じられるとのこと。
落款については確かに…と思いつつ、解説を読んでも、あまり飛びかかる雰囲気を感じないんだよな~と思ったり。
面白いのが、ひげが盛り上がっていて、あの虎のピンと硬いひげを表しているのかなと思った。
竹内栖鳳《富岳》絹本著色 1935年頃
富士山をほぼ描いていないのに、その富士山の雄大さ、そして何よりも優美さを表現していて、見た途端、「きれい…」とつぶやいてしまった。
作品自体は小さいのに、雄大さまで感じられるのもすごい。
竹内栖鳳《春の海》絹本著色 1924年
本日のBest。
《富岳》と同じく、作品自体は小さいのに、遠く広がる海を感じるのが本当にすごいと思った。
多分それは海と松の対比によるものなのだろう。
海はぼんやりとしていて水平線すら感じられない。
それに対して、松もにじみを使ってはいるものの、その上に、海と同系色の青で、松葉が細かく描かれている。
この松が決してはっきりしているわけではない、というのもミソなのかなと思った。
もしこれがくっきりした松だと、もっときつい印象になった、春のぼんやりとした穏やかな雰囲気が出せなかったのではないかと。
解説によると、波が静かな海の景色というのは、中国の故事成語「四海波静」に通じ、天下泰平を願う題材とされているらしい。
大正13年に東宮御所へ献上した作品とされていて、昭和22年10月18日、皇籍を離脱する竹田宮恒徳王へ下賜されたものとのこと。
冨田渓仙《風師雷伯》絹本著色 1920年
作品見るだけで和む、まさにそんな作品。
勝手に、描いた人もいい人なんだろうな、と思ってしまうくらい。
村上華岳《黒絵牡丹図》紙本著色 1932年
持病の喘息に苛まれて、この絵を描いた翌年から病床について51歳で亡くなった…という解説を読んだからかもしれないけれども、牡丹の華やかさというよりも、牡丹の脆さみたいなものを感じてしまう。
作品が、縦があまりないのもあってか、牡丹が地面をはっているかのように描かれているというのが、その花の重さで上へ伸びれない、もがいている雰囲気を感じてしまう…
それに加えて墨で、にじみも使っていて…となると、牡丹図と言われて想像する、咲き誇る百花の王!というイメージからほど遠い。
牡丹図にこんなイメージを抱くとは思わなかったよ…
入江波光《青梅に仔雀》絹本著色 1926年頃
上の《黒絵牡丹図》の横に配置されており、そちらで重い気分になったところ。これで救われたという感じ。
雀は可愛いし、色合いも白みがかっていて、絵本の挿絵にもなりそうな雰囲気。
日本画っぽい色合いではないなと思ったら、この入江波光、大正11年に京都府よりイギリス、フランス、イタリアへの出張が命じられ、そこで模写した古典西洋絵画に影響されたそうな。
確かにフレスコ画っぽい色合い…
橋本関雪《後醍醐帝》絹本著色金泥 1912年
関雪が栖鳳と喧嘩して出ていく前、まだ栖鳳の弟子であった時の作品。
描かれているシーンは建武2年、建武の乱で足利尊氏と和睦した後醍醐帝が、幽閉先から脱出、吉野へ逃れようとしているところ。
六曲一双の屏風絵となっていて、向かって右から見ていくとすごく面白い。
ここに出てくる登場人物が全員、向かって左を見やっているのだが、その人たちと一緒に、「なんだなんだ、この目線の先に何があるんだ?」という気持ちで進めていける。
そして目線の最終地点に後醍醐帝が階段を降りる、という、ほぼ唯一の動作をしているのだ。
臨場感あふれる作品に仕上がってて、屛風という特徴(横長・大きい・立体的)がうまく使われているなと思った。
橋本関雪《麗日図》絹本著色 1934年
牡丹とモクレンに、真っ赤な鸚鵡と、題材としてはありふれてる感はあるけれども、やっぱり見ごたえあるし、素直に華やかで素敵だなと思う。
と同時に、面白いなと思ったのが、花かごを吊るす紐が途中で省略されているところ。
鸚鵡の止まり木(?)の鎖は最後まで描いているのに…
省かれている意図がいまいちつかみきれないけれども、そのせいで花かごが吊るされているというよりも、どこかに置かれているようにも見える。
榊原紫峰《柘榴栗鼠図》絹本著色 1943年頃
こちらもシンプルに可愛い枠。
柘榴に栗鼠だし、このタッチだしで西洋の絵本っぽいなと思ったけれども、柘榴と栗鼠のモチーフは中国絵画で縁起が良いモチーフということで古くから使われているとのこと。
知らなった!
竹内栖鳳《虞美人草》絹本著色 1911年
実は本日のBestと迷った作品。
何よりも構図がおしゃれ!!!
画面の大半が空白で、下部のわずかな面積に、印象的な赤色のヒナゲシ(虞美人草がヒナゲシのことだって初めて知った!)が、リズミカルに配置されている。
そして、そのちょっと上に蜂が飛んでいることで、画面がより確かなものになっている。
このバランス感覚って、絵を描き続けて身に着けていくものなんだろうな、と思った。
もちろん生まれもっての才能かもしれないけれども、それだけではなく、長年培ってきた”勘”的な要素があるように感じる。
西村五雲《水温む》絹本著色 1926年
西村五雲は、以前行った展覧会で「好きだな」と思い、また「栖鳳に似ているな」と思っていたので、今回、栖鳳の弟子と知って「なるほど!」となった。
こちらも《虞美人草》に通ずるところがある構図の巧みさよ。
にじんだ水の表現に、鮮やかな山吹とその花びらが水面に浮かぶ、更に蛙の動的なモチーフと、すべてが絶妙なバランスで配置されているのがすごい。
因みに、五雲は子供が亡くなるという不幸に見舞われ、長年スランプに陥り、そんな五雲に対して栖鳳が次の句を作って励ましたらしい。
このわたや 四角な皿を 這い出でよ
正直、句のことはさっぱり分からないが(むしろ落ち込んでる人に「這い出でよ」って追い打ちかけていいの?と思ってしまった)、そんなエピソードを持つ栖鳳は、やはり弟子たちが慕う師匠だったのではないかと思った。
因みにちなみに、この作品はスランプから脱した時に制作された作品とのこと。
竹内栖鳳《狗児》紙本著色 1930年頃
はい、可愛い!これも文句なしの可愛さ。
円山応挙のワンコといい、このたれ耳でころっとしたフォルムがたまらんよな。
因みにこの犬は、栖鳳が飼っていた愛犬だそう。
栖鳳の愛でている眼差しを感じられる。
山口華楊《晨》紙本著色 1969年
山口華楊もめっちゃ好きな画家なので、栖鳳の弟子とあって「まじか!?」となった。
この絵もしびれるくらいかっこいいよーーーー
全体的に淡い色合いの中に、黒っぽい線と球体(茄子)が絶妙なバランスで配置されている。
すごい…
そして、蝶が動きを添えているのも憎い演出よ…
福田平八郎《桃》紙本著色 1964年
THE福田平八郎!な色合いで、そういう意味で独自の色合いを編み出したってすごいなと思う。
このモダン的な色合い、正直、「桃ってこんな色だったっけ…?」と思うけれども、桃というよりこの色を表現したかったのかなと思ってしまう。
大体の場合、形をびしっと正確にとっていないのに(多分わざとだろうけど)、はっきりと大きく、でもどことなくのんびりとした筆がまえで「平八郎」と書かれているのがいつもツボ。
小野竹喬《黎明》紙本著色 1960年
小野竹喬も結構好きな画家で、この絵に似たようなものも見たことがあったのだが、今回、解説を読んで思わず涙ぐみそうになった(涙もろいので)。
曰く、小野竹喬は戦争で息子を亡くしており、それ以来、空に息子の魂があるように感じて、雲にその魂が乗っているかのように思うようになったと語っているそうな…
そう思って見ると、このうっすらと描かれている雲が、頼りなげで、それでいて希望をたくされているように見えてくる…
竹内栖鳳《書「東海道五十三次」》絹本著色 1928年
書についてはさっぱり分からないので、良いのか悪いのかが分からないものの、このエピソードが素敵だったので。
弟子である池田遙邨が憧れの歌川広重に倣って、五十三次の旅をし、京都の惨状大橋から20日かけて、全工程をさh製しながら東京の日本橋も歩いたそうな。
その報告を聞いた栖鳳が「良くやり遂げました。何事も自らやること肝要」と褒め称えて、記念として送った書とのこと。
なんとも心温まるエピソード!
と、大半の作品が心に残ってしまったのだが…それくらい魅力的だったということで!
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