東大に校歌がないのにはびっくりした:最相葉月 「東京大学応援部物語」

東大に校歌がないのにはびっくりした

たしか三浦しをん女史推薦の「東京大学応援物語」。
青春物語というには、青臭いというより男臭い、汗臭い物語だった。
うん、なんか“青臭さ”をまったく感じなかったな。
多分、それは“東京大学”だからというのが大きいのだろうな。

自分たちが合理的でなく、時代錯誤的であり、行動にも矛盾がある、ということを賢いおつむはちゃんと理解している。
その上での葛藤、というのが本書の大筋のような気がした。
六大学の試合でいつも負ける東大の応援部の話なのだが、一番驚いたのはただ応援すればいいってもんじゃないんだ!というところ。

何せ合宿まであって、運動部以上に厳しい訓練が行われているのだ!!!
しかもサークルに学生生活をかけていて、授業をスキップすることもあったり、単位が危ない生活をしているのだ。
別に勉強至上主義ではないし、勉強以外でも学ぶことはたくさんあるとは思っているけれど、大学に行って授業にも出ず、単位ぎりぎりで滑り込み卒業している人の話を聞くと、日本の大学は甘いよな、とか、何の為に大学に行ってるんかいな、と思ってしまう私としては、“天下の東大生まで!”という驚きが大きかった。

ただ勝手に東大生だなぁ~と思うシーンがあって、それは

必死に練習するときには練習する、遊ぶときは遊ぶ。その切り替えの速さと、それぞれの場面における集中力は目を見張るものがあった。いつでも、どんなときでも、負けていようが勝っていようが、万全の態勢で精一杯の応援を行う。

(p66)

というところ。
妹の友達で東大にいった子が本当にそんな感じだったのだ。“集中力のすごさ”と“切り替えの速さ”が「出来る人」の秘訣なんだな、と思っていたので、いくら単位が危ないといえども、さすがあの受験戦争に勝ちぬいて東大に入った人たちは、本当にこんな感じなんだなぁ~と関心したのであった。
と、本文とあまり関係ない感想かもしれないが……。

東大生といえば勉強、運動は得意そうでない、野球の試合なんてぱっとしない、という印象が強い。そんな東大生によるバリバリ硬派な応援部、というのは面白いところに目を付けたな、という感がある。
でも読んでみて気付いたけど、私はまったく興味がなかったな、ということ。
もともとこういう暑苦しい(失礼!)世界に興味がないのもあるけれど、なんだかんだいってやっぱり自己満の世界の気がしてならなかったのだ。特に、賢い頭で論理をひねり出しているところがね。
こんな世界もあるんだ、と見識が広がってよかったということにしよう。


最相葉月 「東京大学応援部物語」 2003年 集英社

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