りかちゃん人形の髪型は、市松人形の長い版っぽい:梨木香歩「りかさん」

「からくりからくさ」を忘れないうちに、と思って「りかさん」を大急ぎで読みました。時間軸的には、「りかさん」が先ですが、なんというか、「からくりからくさ」を読んだ後だからか、どうしても「からくりからくさ」の番外編、という感じがして仕方がありませんでした。「りかさん」から読めば印象はちがったのかもしれないけれど。


 「りかさん」自体には、もちろん与希子やら紀久やらマーガレットも出ずに、ようこ(ここではひらがなの表示)がりかさんを手に入れ、人形たちの声が聞こえるようになるところから始まります。そして人形のお話が繰り広がるわけです。

 それだけでは番外編感はそこまでだろうけれども、なにがそんな番外編っぽくしているか。ずばり、全然出てこないけれども、与希子とか紀久とかマーガレットがらみの人たちが出てくるのです。特にマーガレットに関しては、マーガレットの母親が出てきて、これから産まれる子供(マーガレット?)に関しての悩みを吐露するわけです。そしてそれが、話の本筋ではなかったはずなのに、ようこは人形からマーガレットに“人形の笑い声を聞かせる”という使命を引き受けるのです。そういうのがさらりと入っていれば、そこまで番外編的ではないのかもしれないけれども、その使命云々というところ、りかさんが重々しく(?)いうのだから、マーガレット関係の話ではないのに、そちらに強きが入ってしまうわけです。だからこそ番外編っぽくなっているのではないか、と思いました。

 そんな番外編的な本ですが、蓉子の染色のもととなったものが見れるのがよかったです。ようこの最初の染めの話もよかった。

「…(中略)… 植物のときは、媒染をかけてようやく色を出すだろう。頼んで素性を話して貰うように。そうすると、どうしても、アクが出るんだ。自分を出そうとするとアクが出る、それは仕方がないんだよ。だから植物染料はどんな色でも少し、悲しげだ。少し、灰色が入っているんだ。一つのものを他から見極めようとすると、どうしてもそこで差別ということが起きる。この差別にも澄んだものと濁りのあるものがあって、ようこ…(中略)… おまえは、ようこ、澄んだ差別をして、ものごとに区別をつけて行かなくてはならないよ」
…(中略)…
「どうしたらいいの」
「簡単さ。まず、自分の濁りを押しつけない。それからどんな『差』や違いでも、なんて、かわいい、ってまず思うのさ」
…(中略)…
「そうしたら、『アク』は悲しくなくなるの」
「ああ」
…(中略)…
「それは仕方がないんだよ。アクは悲しいもんなんだ。そういうもんなんだ」 (p202-204)

「りかさん」のなかには、書き下ろしとして「ミケルの庭」が入っていました。それは、あの四人のその後で、マーガレットの子供、ミケルが三人に育てられている様子が描かれています(マーガレットは中国に留学中)。これを読んで、この五人の生活をまた読みたいな、と思いました。
(りかさん 梨木香歩 新潮文庫 平成15年)

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