ロン毛のかっこいい人なんて、現実にはなかなかいないよね:高田崇史「毒草師」

子供の頃、本を選ぶ基準の必須項目に、表紙の絵と挿絵が入っていました。それくらい本の装丁は、私にとって今も大事です。それが選ぶ基準になることはこの頃、少なくなってきましたが、それでもまったくないとは言い切れない気がします。
そんなこんなで、久しぶりに装丁で飛びついてしまった本が表れました。それは高田崇史の「毒草師」でした。絵だけではなくて、タイトルに大変ひかれたのですが、何せお金がないのでせいぜい買える本といえば文庫本。ということで、図書館で借りようと思ったのですが、それが入るのに時間がかかり…。

その待ちの時間に色々と妄想してしまいましたよ。内容はまったく知らない状態だったので、「毒草師」から妄想したのですが、舞台は平安時代かその後期くらい、毒草から毒薬を作ったり解毒剤を作ったりというのを生業にしている“毒草師”が活躍していて、ベテランの毒草師が権力抗争にまきこまれ……みたいのを想像していました。

ところがどっこい。

舞台は現代。そしていわるゆるミステリー小説でした。高田崇史が好きで散々読んでいて、彼が推理小説家というのをいやっていうほど知っているはずなのに、なぜか何故か「毒草師」が推理小説だと爪の先ほども思っていませんでした。

というわけで、私の妄想とはかけ離れた話だったのです。

主人公は西田真規は、医療業界系のものを扱う出版社に勤めていますが、上司からの命令で、その頃起きた不可解な事件に首をつっこむはめになります。

 その事件というのは鬼田山家の離れにある密室から人が消えてしまったというものでした。実は以前にも密室から人が消えてしまう事件がおきていて、まずはその家の主人が消えてしまい、その後に隅田川で死体で見つかり、それからまた娘が消えてしまったのです。そして今回は主人の後妻(娘は先妻との子だった)が消えてしまったのです。

そして消えるたびに出てくるのが、“一つ目の鬼”でした。
西田は、隣に住む自称“毒草師”の変人、御名形史紋にこの話を持ち込むことによって、彼をこの事件に巻き込むこととなります。

事件は、高田崇史特有の、歴史の謎にからめて進んでいきます。今回は、在原業平と「伊勢物語」に絡んでいました。しかも探偵役(御名形)が変人でとらえどころがない、というところもQEDに似ていました。

でもQEDシリーズのように、歴史の謎を深めていくことはなく、推理小説の要素が幾分強かったような気がしました。

でもなんとなく、もっと“毒草師”の設定を生かして欲しかったです。もっと毒草がメインになるとか…
「毒草師」のタイトルにひかれた為か、そこのところが物足りなく思いました。

最後に祟ならぬ御名形のうんちくを。「伊勢物語」の鬼一口の話にて;

「よみ人知らず?」
「ご存知でしょうか」
…(中略)…
「…(中略)…つまり本当は、その歌を詠んだ人間は誰なのか判明している。しかし、その人間の位階が余りにも低かったために、彼あるいは彼女は、その歌集に名前すら載せてもらえなかったということです。実際には『よみ人知らず』の歌のかなりの部分が、この部類と考えても良いでしょう。当時、殿上人未満は『人』ではなかったわけですからね。そんな『人でなし』には、当然名前などないだろうし、あったところで私が知っているわけでもない―――という、貴族たちの傲慢な心が、この『よみ人知らず』という名称を生み出したんです…(中略)…
 つまり、この場合の業平も同じです。その夜、芥川のほとりを走った殿上人は二人。その他には、弓や胡籙(やなぐい)を背負った『人』でないモノが一人か二人。ひょっとしたら、もっと大勢だったかも知れません。記録にすら残らないのだから、全く分からない。しかし、そのために、さっきのようにあり得ない状況が出来上がったというわけです。しかし当時の人たちにしてみれば、余りにも当然のことなので、わざわざ改めて説明するまでもなかったというわけです」

p253-254

(高田崇史 「毒草師」幻冬社 2007年)

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