ここでもメールが問題視されてた:清水勝彦「戦略と実行―組織的コミュニケーションとは何か」

自分が一生読むことはないと思っていたジャンル、それがビジネス書だった。
それなのに、仕事ではおろか、プライベートで読むことになろうとは!

事の発端は、会社で「これ読んどいて」と上司に渡された『すべては戦略から始まる』。
戦略についての初心者用の本としては大変読みやすくよかった。
さて、世間の人の評価はどうなのだろうか…と思ってAmazonの書評を見たら概ね良い。
ただ大変低い評価を付けている人が一人いて、ではその人はどんな本を良いとしているのだろうか…と思ってみたところ、本書の「戦略と実行」を高く評価していたのだった。

初めてのビジネス書の感想は、割と同じことを何度も言うんだな、ということと、“ざっと読む”ということがしやすいんだな、ということだった。

「戦略と実行」の前に2作あるみたいで、それの延長上の本のようだったが、単品でも意味は通じるようになっている。
構成としてはこんな論理の展開となっている;

・日本企業の中で「戦略」というものが一般的になってきた
 …戦略をたてたが勝ちという認識であったのが
 ↓
・戦略をたてても改善されないことがある
 ↓
・戦略実行の失敗例と分析
 ↓
・戦略の前提の見直し
 ↓
・戦略を実行する上で大事なのは“コミュニケーション”である
 ↓
・戦略とコミュニケーションについて
 …“Seek first to understand, then to be understood
  聞く力

コミュニケーションの部分は“Seek first to understand, then to be understood”の繰り返しで、要は“聞く力の大切さ”を延々と語っているのだが、戦略実行の失敗例と分析からその前提の見直しはなかなか面白かった。

まず戦略実行の失敗例を見てその要因を洗い出し、それが要因と思われる根拠となる“実行を成功させるための前提”を挙げる、そしてそれを再検討してみるということをしている↓

[要因1]トップの鶴の一言とあれもこれも
 [前提]・トップは「思いつき」ではなく、分析に基づいて指示を出すべきである
    ・「あれもこれも」では現場は混乱するので、トップはトレードオフをはっきりさせ、優先順位の明確な指示を出すべきである
 [見直]・分析は戦略ではない。戦略という未来への仮説は様々な要素の非線形的な統合である「思いつき」からしか生まれない
    ・トップはトレードオフの重要性を認識しているが、できる立場にないことが多く、また逆に優先順位をはっきりさせることによる副作用を懸念している

[要因2]時間・準備不足
 [前提]時間をかけ、準備をきちんとして取り組めば、実行もうまくいく
 [見直]どれだけ時間をかけても、戦略実行の準備に「十分」ということはない。どこがで踏み出さなくてはいけない
 …心理学などの研究では“情報量を増やしても、予想者の自信はあがるが、予想の確度はほとんど変わらない(p105)”という報告がある

[要因3]戦略が不明確
 [前提]具体的な戦略がトップから提示されれば、実行も成功する
 [見直]戦略の具体化には限界があり、むしろ試行錯誤を通じて実行される必要がある

[要因4]実行と評価制度がリンクしていない
 [前提]実行とリンクした具体的な評価高文句を設定することで、実行を誘導できる
 [見直]評価制度はすべてではないし、評価制度にこだわることでより本質的な問題から注意がそがれる

[要因5]責任は不明確
 [前提]責任者を明確にすることで、コミットメントを高められる
 [見直]責任者の所在が実行できない理由として取り上げられるのは、誰も真剣に戦略(会社の将来)に取り組んでいない証拠である
 …確かに、これまた上司からぽいっと渡されたドラッカー入門の本でも、個人一人一人が責任感を持たなくてはいけないと書いてあったような。“責任者”を作るのではなくて、個人が責任を持たなくてはいけないのかな

[要因6]部門間の対立
 [前提]戦略実行のためには、各部門は対立するべきではない
 [見直]部門それぞれ異なった役割を持っており、対立や緊張は避けられない。対立があるからこそ創意工夫が生まれ、プロジェクトの完成度が高まる

[要因7]納得性が低い
 [前提]社員に対して戦略をロジカルにきちんと説明することで、納得性も上りがり、実行もうまくいく
 …この前提の裏付けとしてキリンホールディングスの三宅占二社長が“腑に落ちることの大切さ”について語っているのを引用している
 …ただし、“納得”というのは理屈というよりも気持ちの問題と言及
 [見直]納得するとは、論理や力で相手に屈服させられることではなく、相手の立場、価値観を理解し、許容することである。論理で100%納得させることはできない

[要因8]片手間の実行
 [前提]新戦略の実行は片手間などでは出来ない。100%の労力を振り向けるべきだ
 [見直]新戦略の実行はそもそも片手間でするものである

[要因9]本気度の不測
 [前提]トップから社員まで情熱を持って取り組めば、実行できる
 [見直]情熱があることと、それが実行に生かされるかどうかは同じではない。情熱はお互い打ち消し合ったりすることもあるし、浪費されれば枯渇する
この後からコミュニケーション論が展開されるのだが、特にコミュニケーションを取り上げた理由として、きちんとした戦略が人をやる気にさせると考えるのは早計であり、その鍵となるのは(しかも目標や戦略があるかないか以上に)、「知った」「共有できた」という社員側の理解、気持ちであるという。

コミュニケーションについて気になったのを箇条書きにしてみると

  •  言葉やロジックはコミュニケーションの大切な要素だが、それらは伝えたい“意味”を運ぶ入れ物に過ぎない
  •  言葉自体がコミュニケーションの入れ物として“意味”を伝えることに貢献しているのはたったの1割にも満たない

この本の最終の結論として挙がっているのは

組織の実行力にはコミュニケーションが大切だといったその裏側には、組織のメンバー間の「関心」という、きわめて単純な天に行きつくのかもしれません(p318)

結局コミュニケーションで大事だと繰り返し説いている“聞く力”というのも、関心がなければ持ち得ないものだしな。


清水勝彦 「戦略と実行―組織的コミュニケーションとは何か」 2011年 日経BP社

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