暗号文を翻訳するのは難しかっただろうな:コナン=ドイル「シャーロック=ホームズの思い出(上)」

凝った推理小説ではないのにぐいぐいと引き込まれるシャーロック・ホームズシリーズ。
ワトスンが敬愛し、時にはその性格に嫌気をさすシャーロック・ホームズの魅力なのだろうか。実際にこんな人いたら困る、と思いつつも目を離せないキャラという感じ。

そして魅力の一つは、ホームズはいつも勝たないということ。そして間違えるとちゃんと反省する。例えば「黄色い顔」という話では、最後にワトスンにこう言う;

「ワトスン、ぼくがすこしうぬぼれたり、手をぬいていると思ったら、<ノーバリ>とささやいてくれたまえ。そうしてくれると、おおいにありがたいよ。」(p109)

いつも尊大なのに、自分がプロであるところは謙虚なのがいい。
さてこの“思い出”も短編集なので収録作品をまとめてみると(ネタバレあり);


「白銀号事件」

白銀号という競走馬の調教師が殺され、その馬も姿を消してしまったという事件。
ホームズとワトスンはダートムーアまで出掛けて行き、ホームズが例によって足跡なんかを調べた後に解決する。

結局、悪いのは調教師で、白銀号が次のレースで負けるようにしかけようとしたのを、白銀号が抵抗し殺してしまう。その白銀号が逃げた先というのが白銀号をライバルの所だったという話。

「黄色い顔」

男が妻への疑惑を抱えてやってくる。
妻は元々アメリカに住んでおり、そこで結婚していたようだったが夫に先立たれたところに、その男と出会いゴールイン。

郊外の家に住んでいるのだが、その家の隣に誰かが引っ越してきた。
男が通ってみると窓には恐ろしい黄色い顔をした何者かが覗いている。
ただ気味が悪いなと思っていただけだったが、妻がこの隣の家に内緒で行っていることに気付いてからは疑惑の対象となってしまった。妻はもう二度と行かないと言うのにまた行っている様子なのだ。

もちろんホームズは、昔の旦那かなんかだろうと仮説をたてて行くのだが、なんと真相はというと、この黄色い顔の人物は元の旦那との間の子供だったのだ。元の旦那というのが黒人で、その間にできた娘は黒人の血を強く引いていた。

娘の体が弱かったのもあってアメリカに残していくことになったのだが、男に出会ってからは、怖くて娘のことが言えずに来てしまったのだ。でも我慢の限界が来てしまい、そっと呼び寄せてしまった、そして黒人が住んでいるという噂が流れないようにお面をかぶせていた、というのが真相だった。

黒人への差別がまだまだ根強かった時代だったのだろう。それを考えるとこのシーンは感動的だった;

 マンロ夫人は両手をにぎりしめ、返事を待った。グラント=マンロ氏が口をひらくのには、二分間ほど長い間があった。その返答は、いま考えても気持ちのいいものだった。マンロ氏は子どもをだきあげ、キスし、子どもをだいたまま片手を夫人にさしだし、戸口へむかった。

「家にもどって、もっと気らくに話そうじゃないか。わたしは自慢できるほどの男ではないよ、エフィ。けれど、おまえが考えてるよりはましな男だと思っているよ。」(p108-109)

この本の中で一番好きなお話だった。

「株式仲買店員」

失業してしまった株式仲買員は、なかなか次の仕事が見つからなかった。やっとこさ拾われた、と思った矢先に、それ以上にいい話が転がり込んでくる。怪しいなと思いつつも多額の前金をちらつかされたのもあって、言われたとおりにバーミンガムへ行く。そこにリクルートしにきた人の兄がいるというのだ。

ところがひょんなことで、その兄弟は実は同一人物だと気付く(銀歯のせいで)。
それでホームズへ調査の依頼に来たのだった。

真相はというと、この兄弟を演じた人の仲間が依頼人のフリをして、オファーが来た会社に潜り込んでいたのだった。
ホームズシリーズには結構こういう話が多い気がする。うまい話の裏には犯罪あり、という。そしてそのうまい話が割ととっぴ。

「グロリア・スコット号」

ホームズの記念すべき事件第一号。ホームズが学生の時に解決した事件をワトスンに語る形式で話が進む。

友達の家に訪問した時に、その友達の父親の元へある船乗りが訪問してくる。ホームズが帰った後も、ずっとその船乗りは滞在していたようで、友達はその横暴な振る舞いにかっとして追い出してしまう。

しばらくしてからある手紙を読んだその父親は、卒中を起こして死んでしまうのだった。
その手紙がまるっきし暗号文だったのでホームズのもとへ依頼がやってきたというわけ。

真相はその父親の後ろ暗い過去にまつわるもので、治安判事であった父親は、実はかつて罪人であった。船で護送されている折に、その中の悪党中の悪党の企てで、その船の乗っ取りが成功する。

父親と数人は暴動から逃げるが、結局その船は爆発炎上してしまう。
そうして父親はオーストラリア行きの船に拾われ、何食わぬ顔で鉱山で働きひと山当てるのだが、過去を知っている人物というのがあの船乗りだったというのだ。

そしてその暗号は父親と一緒に逃げた者からのもので、「船乗りがばらしてしまった」というメッセージが書かれていたのだった。

「マスグレーブ家の儀式」

これまたホームズの過去話。

ホームズの知り合いが父親の後を継いだ。由緒ある家柄なので召し使いが沢山いる。
その中でも古参なのが執事。

ある晩、執事がこそこそとその家の書類を見ているのに気付いて、解雇してしまう。執事が猶予をください、と言うので与えたのに、突然執事の姿がなくなる。それと同時に執事に捨てられたというメイドも失踪してしまう。メイドが自殺したのかと思って近くの池をさらってみたら、死体はなかったが古い金属なんかのかたまりが出てきたというのだ。

このマスグレーブ家には代々伝わる不思議な歌があって、それがカギとなる。
結局それは宝のありかを伝えている歌で、それに気付いた執事はなんとか宝を探しだす。それを引き出す手伝いを自分に惚れているメイドを使うのだが、事故か故意かで執事はそこで死んでしまうことになる。メイドは神経がいかれ、最終的にどこかへ失踪してしまった、というのが真相。

そしてその宝というのが池にあった金属で、昔のイングランドの王冠だった。

「ライゲートの地主」

大変な事件の解決後、静養するためにワトスンと一緒に来た田舎で起きた殺人事件を解決することになった話。

金持ちの家に強盗が入ったというが、大事なものは何も盗まれないという奇妙な事件だった。
次に、もう一軒の金持ちの家で御者が殺されてしまう。その死体の手にあったのがちぎれたメモ。

そのメモの筆跡からホームズは答えを導き出す。メモは二人で書かれたもので、しかもその金持ちの親子ということを見破る。

最初の金持ちの家に入った強盗というのも実はその親子で、この両家は土地を巡って裁判沙汰を起こしていたのだが、それに関わる書類を盗もうとしていたのだ。その強盗沙汰を見ていた御者はゆすりをかけていたのだが、逆に殺されてしまったというわけだった。

コナン=ドイル 「シャーロック=ホームズの思い出(上)」 沢田洋太郎/大村美根子・訳 1983年 偕成社

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