共同体にばっちり面が割れている二人がスパイでいられるのが謎:高殿円 「メサイア 警備局特別公安五係」


“トッカン”シリーズが面白いので、違う本を読んでみようと思って手に取った「メサイア」。
「トッカン」とは趣ががらりと変わって、ハードボイルド。

そしてやっぱり大変面白かった!!!
スパイとスナイパーが大好物の私としては堪らない一冊だった。
主人公はスパイであり、射撃が一番得意という海棠鋭利。
スパイなので単独行動で誰ともつるまない孤高の人。それがスパイの魅力であるわけだが、本書のスパイはひと味違う。
日本の国籍もない、失敗したら捨てられることから“サクラ”と呼ばれるスパイなのだが、例外が一つ。
スパイ学校でタッグを組んだ相棒だけは助けに行くことができる。そのことから、その相棒のことを“メサイア”と呼ばれる。

これがまた憎い演出!
“トッカン”シリーズの主人公の女の子が言っているが、女性は、男性が持つ友情というものに弱い。
女性同士ではなかなか実現しない種類の友情、というか絆。いつもはほったらかしでも、いざという時に駆けつける感じがたまらない。
そんなツボが抑えられた設定なのだ。

あと、憎い演出だなぁ~と思ったのが、舞台となる世界が現実の世界でないこと。
日本は出てくるが、年号が皇歴というものが使われているし、ロシアも“共同体”という名前になっている。
ただし世界構造はほぼ一緒。
日本はアメリカにべったりで、敵対国といえばロシアと北朝鮮。ロシアとは北方領土問題を抱えている。
スパイ小説となると政治が大きく関わるもので、大体日本が舞台となると、うだつの上がらない日本→日本もなかなかやるじゃん、という話の流れが定番だ。
本書も確実にその流れに乗る。
ただ本物の日本ではないので、無理矢理感があまりなくて、その設定をとったのは正解かなと思った。

さてあらすじはというと…以下ネタバレ注意!

主人公はエッジというコードネームの海棠鋭利。
メインの物語の中では、スパイ養成学校にいる。
家族が全員殺され、逃げのびた先で在日のマフィアに拾われ可愛がられる。
ところがそのマフィアのボスが殺されたので、その報復に行くのに鉄砲玉となるのだが、5発撃ちこまれる。
それでも死なない生命力の強さを一嶋に買われ、国籍はく奪され、スパイとなるべく訓練が始まる。

一通り訓練が終わって、与えられた相棒というのが珀。
死神というあだ名が付くくらいで、今まで組んだ相棒は二人も殺されている。
そこで次にあてがわれた相棒というのが、この生命力の強い鋭利だったというわけだ。
よく見れば整った感じがするのに、表情がないので印象に残らない顔の珀。
駄菓子とナニー(マミーのことでしょう)をこよなく愛する変な人。

二人が卒業試験として課せられたタスクというのが、総理大臣の息子を守るというものだった。
というのは、何年か前に“世界の改心”という、世界的に軍縮を行おうという動きが広まった。その第二回軍縮サミットの開催国に日本が選らばれ、もちろん日本は軍縮に賛成をする意向である(アメリカも)。
一方でロシア(共同体)などはそれが気に入らない。
首相の息子などを狙って、日本が賛成に回らないように根回ししそうだ、ということなのだ。

今回はSPも動いているが、何せ“サクラ”はトップシークレット。SPにも知られてはいけない状態にいる。
そんな中、珀と全く同じ顔をした共同体のスパイが現れる。
どうやら珀と生き別れの兄のようで、しかも鋭利の家族を殺した犯人のようなのだ(鋭利は犯人の耳の形だけ覚えていた)。
遂に、第二回軍縮サミットの前日に首相の息子は誘拐されてしまう。

結局は、これは息子の自作自演の誘拐であり、それに共同体がのったというものだった。
しかも日本国内の軍縮に反対する者、つまり警察のトップであり、サクラの創始者がたくらんだものでもあった。
鋭利の家族を殺した珀の兄、という者と決着を付けに行くのだが、そこで明かされる鋭利の家族の秘密。
なんでも、鋭利の父親は本当の父親ではなく、しかもロシア内のテロ組織を支援していた男だった。
ロシアは、そのテロ組織が眼ざわりであったため、北方領土問題の決着をつける手土産として、鋭利の父親を始末するように日本に要請する。
そこでサクラの創始者であり、今回の騒動のシナリオを書いた人物は、鋭利の父親を言葉によって自殺に追い込むのであった。

最後は鋭利によって、その警察のトップは禊され(事故死に見せかけた殺し)決着がつく。
ちなみに珀の兄とされていた人物は、本物の兄ではなく、整形手術をしたスパイであった。
物語の構成としては、一人前のスパイとなった鋭利がロシアで捕まり拷問にあっているシーンから始まる。死を予感したその時に、メサイア・珀が現れる足音を聞く、というプロローグから始まり、鋭利と珀が出会った学生時代の話が始まる。

エピローグでは、無事に助け出された鋭利が何年かぶりに珀に会う、というシーンに戻る。
一緒にホテルに行くこともなく、助け終わったら自分の任務に戻る珀とあっさり別れる、というのも良かった。

何しろ大満足の一冊だった。


高殿円 「メサイア 警備局特別公安五係」 2010年 角川書店

コメント

タイトルとURLをコピーしました