職場の先輩と本の話になって、その話の成り行きで先輩に松岡圭祐著の本三冊を借りました。
まずはと手に取ったのが「千里眼」。
なんというか。最初の方は、その人の文体に慣れないのか、ちょっと読みづらかったです。最初は目線がちょくちょく変わるからかと思っていましたが、最大の原因は本当に簡単な字が漢字で表記されていないってことだったみたいでした。例えば;
美由紀はため息をついた。「はやくカラーコードをおしえてくれませんか」
p84
マセッツはあわてたようすでいった。
というように、小学生レベルの漢字がひらがな表記になっているのです。全体的にみると決して漢字が少ないわけではなく、標準くらいの量でしょう。多分、漢字が多すぎるのを避けるためにひらがなにしたりしているのでしょうが、情景を伝えるような文章(「あわてたようすでいった」)とか、その文章の中で結構大事な情報を持つ単語(「おしえてくれませんか」)がひらがなであるがために読みにくかったのでしょう。
というのは私は、どちらかというと、文章をきちんと読む方ではなく、邪道かもしれませんが漢字をざっと読む傾向があります。特に、こういうハードボイルドではページの隅々までを読むことはなく、スピード重視の読み方になってしまうため、どうしても漢字を読み取る形になってしまうのです。その時、大事な部分がひらがなだと、どうしても読み落としてしまう。
作家の問題というよりは、私の問題かもしれませんが、とりあえず慣れるまでは読みにくかった!
さて内容はというと、主人公は元空軍自衛隊員で現カウンセラーの岬美由紀。
その時、世間を賑わせていた宗教団体恒星天球教が起こす無差別テロを阻止すべく、自衛隊時代の上官から頼まれたことから、美由紀は事件に巻き込まれていくことになります。
美由紀が診ていた女の子が天球教に関わりがあることが分かり、その原因をつきつめていく中で、美由紀に付き纏っていた刑事・蒲生とともに、天球教の教主の正体、そしてその実態を暴いていくのでした。
結局、教主の行方は分からないまま話は幕を閉じるのですが、特に最後のほうの場面は息もつかせぬ勢いで、一気に読み終えてしまいました。
天球教の信者達は脳に施術され、人格がなくなっているなんて、SFまがいで私の趣味には合いませんでしたが、時間がない中、密室状態で(つまり外部に援護を要請できない)、なんとか切り抜いていく場面はドキドキワクワクして、ハードボイルドの醍醐味を実感できました。
カウンセリングと宗教が表裏一体な感じについて;
「友里先生は尊敬できる人です」
p351-352
「それはどうだろう。だが、俺が気になっていたのは、あんたが本心では恒星天球教のようなカルト教団の存在を認めているのか、それとも否定しているのかということだ。いっぽう、あんたたちカウンセラーも集まってきた相談者たちを救おうとする。これは同種のものに思えるんだが、ちがうかね」
…(中略)…
「…(中略)…科学的に精神面での苦しみを救済する、東京晴海医科大付属病院のカウンセリング科のような機関が存在しなければ、人々は宗教に依存せざるをえなくなってしまいます」
…(中略)…蒲生はため息をついた。「やっぱり宗教の信者とおなじように思えるな。信者もその宗教団体を礼賛しがちだ」
「意味がちがいます。宗教は、その信者になることが人生にとって最良の道だと説くでしょう。でもカウンセリングは、できれば一生お世話にならないほうがいいんです。」
でも、神をよりどころにしていた昔の人とは違って、科学をよりどころにしている現代人にとって、そういう意味では“科学的に”精神面での苦しみを救済するってのは、現代の宗教ではないのか?カウンセリングは一生お世話にならないほうがいい、と言っても、カウンセリングを認めて欲しいと思っているのであれば、その宗教を認めてと言っているのとも同じではないか?
と一瞬、美由紀に反論してしまいました。
まあ でも、ハードボイルドに真面目な話は向かないと思うので、これはこれ。この辺で。
(松岡圭祐 「千里眼」 2000年 小学館文庫)
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