それでもやっぱり数学に魅力を感じないのはよっぽど嫌いなんだなぁ、私:小川洋子「博士の愛した数式」

家族全員が読み終わり家族内でブームとなったらしいのに、なぜか私だけ読んでいなかった「博士の愛した数式」。
いやぁ いかにも“泣きまっせ”という小説に手が伸びなかったのだが、実家に帰った時読む本がなくなってしまって、やっと手に取ることとなった。

良いですね!!この話!!!

主人公は息子を抱え、家政婦として働く女性。
ある日派遣された先は、記憶が80分しかもたない数学博士の家だった

博士は体中にメモをはりつけた背広を着て、数学の懸賞問題を解きながら日々を暮らしていた。
博士は離れに住んでいるのだが、母屋には博士の兄の妻、つまり義姉(兄は他界)が住んでいる。
一応雇い主はその義姉みたいだが、母屋と離れは交流がまったくない。

家政婦の派遣会社との契約で、雇われ先には子供とかを連れて行かない、というのがあるのだが(当たり前だろうけど)、子供を溺愛する博士は、主人公に小学生の子供がいると知るや否や、強固に子供を連れてくることを要請する。

こうして、主人公とその息子と博士との交流が始まるのだった。
その息子を交えての交流がなんとも微笑ましい。博士が初めて息子に出会った時、彼の平べったい頭を見てあだ名をつけるシーンがいい;

 それから博士は息子の帽子を取り(タイガースのマーク入り帽子)、頭を撫でながら、本名を知るよりも前に、彼にうってつけの愛称を付けた。
「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」

p45

もちろん微笑ましいだけではない。
博士が高熱を出してしまって、看病のために規約違反である宿泊をしてしまい、それが義姉に見つかって解雇されてしまう。後になぜ義姉が過剰反応したのかが分かるのだが、それでもただほのぼのした小説ではなく、世間一般の冷たい視線を描き心がヒヤリとする場面もあり、それが小説の厚みになっている。

当たり前のことだが、博士の記憶が80分しかもたない、という時点で十分にハッピーな話ではないのだが、私は「悲劇」ではないよなぁ、と思うのだ。

主人公やその息子は博士と出会い、博士の愛にふれることができたし(抱擁をされたことがなかったというルートが博士に溺愛されたりとか)、博士も80分しか記憶がなくても、毎80分を濃密に過ごせたと思う。

何せ、今までの家政婦さん達が博士の語る数字の話にうんざりしていたのに代わって、主人公や息子はその数字の話を楽しみ、博士を尊敬していたのだから!

そんなわけで、最後に博士は80分も記憶を保つこともできなくなって施設に入れられ、最後の最後に亡くなるわけだが、全然「悲しい」という感じがしなかった。

このような題材だったらすぐに「お涙ちょうだい」的な話になりがちなところを、幸せに満ちた話に仕立て上げた作者に脱帽。

(小川洋子 「博士の愛した数式」 平成17年 新潮文庫)

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