Molinaの姿はなんとなく「Jの総て」のJだったなぁ:Manuel Puig “Kiss of the Spider Woman”

「蜘蛛女のキス」。なぜかどこかで聞いたことがある題名だった。

洋書の古本を扱うサイトで”Kiss of the Spiderwoman” を見つけた時、知っているようだが内容は全然検討もつかない、Amazonで見てみてもやっぱり内容は知らない。
どこで聞いたのか思い出さなかったけれども、Amazonのレビューを読んで面白そうだったので購入してみた。

ちなみにそのレビューは和訳に対してのものだったのだが、「会話のみで成立している小説で、一人は女言葉、一人は男言葉だが、話が進むにつれこれは監獄の中での会話で二人は男だと分かる」みたいなことが書かれていた。さて、女・男言葉の差がない英語ではどうなっているのか、というのも興味の対象だった。

読み終わって・・・
本当に本当にこれは会話のみで成立している小説でした! びっくり。
いやぁ~ 別にレビューを疑っていたわけではないけれども。
そしてその「差」がない英語はどうだったかというと、ちょっとややこしかった。何しろシナリオのように

「A:おはよう。
B:おはよう。元気?
 A:うん。」
というようになっていなくて、
「-Good Morning.
-Good Morning. You alright?
―Yes.」
みたいな感じなのだ。だから一旦どっちか分からなくなると、どえらいことになって、片方がもう片方を呼びかけている文章まで戻らないと分からないのだ。私みたいに通勤中に読むとなれば、途中で中断されてしまうわけだから、次に読む時にはもう分からなくなっていることが多々あった。

ま、私は英語の機微まで理解できていなくて、二人の口調の違いが分からなかっただけかもしれないが。

それでもとても面白かったし、この会話だけっていうのが非常に効いていた。

登場人物は、監獄の中で一緒になった二人の男、一人は所謂トランスジェンダーのMolinaもう一人は革命家・Valentin。話の中心となるのはこのMolinaが映画のストーリーを暇つぶしに語る、というものだった。

どうやらこの映画、実在している映画みたいなのだが、描写がとても語られていて読者も引き込まれる。例えばこんな感じ;

She just liesthere sprawled on the carpet that’s made of real ermine, her pitch black against the snowy white ermine, and the tears twingling like stars . . . And she looks up . . . and sees over on one of those taffeta hassocks . . . a sheet of paper.

p230

それだけでなく言い間違えたり、あんまり覚えていなかったりとするところがリアルでこれがまたいい。読者もValentineと一緒に“聞いている”という臨場感にあふれている。

この文章の構成上、登場人物の背格好が全く分からないのだが、それが故か、二人の会話を盗み聞きしているような感じである。そしてなぜか二人の声が聞こえてくるから不思議だ。Molinaがちょっとゆったりした口調で、Valentinが低い幅のある声だな、私の中では。
ただ「映画の内容を物語る」という、一見小説としては成り立たないような内容なのに、飽きることなく読んでしまうのは、この臨場感のおかげだと思う。

一応、話の筋みたいのがあるのだが、ほとんどがこの映画語りだ。
前半はずーーーっとそのままハプニングも大してなく、映画語りが続く。
そして話の丁度真ん中にきたあたりで、Molinaと看守の会話が挟まれる。そこでMolinaはValentinから革命運動の情報を聞き出すために同じ監房に入れられていたことが、読者に知らされる。

それを知りながら読む後半は、前半と同じように映画の話ばかりのはずなのに、違った様相を帯びている。Molinaが映画を語るのはValentinを手なずける為だったのか?MolinaがValentinに話す内容には下心はあるのか?などと勘ぐって読んでしまうからだ。

でもMolinaの気持ちは”Kiss of the Spiderwoman”のタイトルに表れていると思う。
実際にMolinaがValentinに“恋”心を抱いていたのかは謎だけれども、愛情を傾けていたのは本当だろう。

私だったらValentinに好意を抱いているなら、良心の呵責にさいなまれて打ち明けてしまうと思う。それに対してMolinaは絶対真実を語らず、Valentinがちょっとでも革命運動の仲間の話をしようとすると頑なに拒む。

でもそれは、Valentinに嫌われたくないから言わないんじゃなくて、自分が今まで好意で行っていた事が、下心があってやったわけじゃなくて純粋なる好意による行動だ、という証明のような気がしてならない。というのは私がMolina贔屓だから・・・?

何はともあれ、邦訳でも読んでみたい。
会話がどう進んでいくのかが気になるというのもあるけれども、ちょっと気になる点がいくつかあったのだ。

一つは、全然Molinaがそういう発言をしているわけではないのに、注釈がついていて、その注釈の内容がホモセクシャルに関する学説の紹介だったのだ。これは英語版だけなのか?
もう一つは、登場人物の思っていることがItalicで書かれているのだが、それが全然会話と合っていなくて、とても読みづらかった。しかも本文に関係ないところが多かったし。
ということでほとんどすっとばして読んでしまったので(何せItalicって読みにくいんだもん)、日本語ならちゃんと読めそうだ、ということで。

(Manuel Puig “Kiss of the Spider Woman” tran. by Thomas Colhie, 1991, Vintage)

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