村上春樹の小説は変態じみていると先輩は言うが:村上春樹 「1Q84 上巻」

売り出した途端に増刷が間に合わないくらいバカ売れの村上春樹の新作「1Q84」。

村上春樹が割と好きな私としてはめっちゃ気になってた。でも前作の「海辺のカフカ」が自分にとっていまいちだった為、買うのをためらってもいた。だって2冊もあって、それで面白くなかったらがっかりがすごいと思うんだよね。

それで、同僚が買おっかなぁと言っているのを聞きつけるや「貸してね」「いやいや、君が買って自分に貸せ」「いやいやいや。なんだったら上巻と下巻、それぞれ買う?」「じゃ、俺下巻買うわ」「え?なんで」「だって下巻の方が絶対面白いじゃん」なーんて会話をしていたのが。

「あ 新宿の紀伊国屋、先行販売今日から開始だって」と私が言った途端、「え 今日帰りに買ってこよっかな」と同僚は言い、そそくさと買い、私はちゃっかり借りたという展開に。

そんなわけで上巻。

「海辺のカフカ」よりは面白い。
でもなんというか、私が思う“村上春樹らしさ”はあまり感じられなかった。
村上春樹の何が好きって、許容範囲をひょいと超えたような話が、こちらの「?」をものともせずぐんぐん進み、それにいつのまにか吸い込まれて、話にぐるぐる巻きこまれて撹拌されるって感じなのがいい。そんなわけで、村上春樹の本は読み終わると現実に戻るのが結構大変だったりするんだけど・・・
今回は割と普通のお話だった。つまりそんな許容範囲を超えてしまうような設定ではなかった。

主人公は二人、天吾(男)と青豆(女)。この二人の話が交互に進む。
天吾は予備校で数学の先生をしながら小説家もどきをしていて、青豆はジムでインストラクターをしながら暗殺の仕事をしている。

天吾の物語の筋書はというと、新人賞に応募された「空気さなぎ」という小説を、天吾が書きなおす、というもの。その本当の作者は高校生の美少女で、どうやら「空気さなぎ」はその子がコミューンに住んでいた時に実際経験したことを書いたようだ。その美少女・ふかえりとの交流を描きつつ、天吾の過去(父親がNHKの集金係で日曜日の集金に連れまわされたという暗い過去)が書かれている。
一方青豆の方はというと、どうして暗殺をするようになったかがちょこちょこ書かれている。暗殺といってもゴルゴ13のようなハードボイルド的なものではなくて(そんなのだったらあまりに村上春樹に似つかわない)、今で言うDVを働き妻を追い詰めた男を殺す。

物語としては、青豆が突然ふと、この世界は昔からの世界と同じ世界なのだろうか?と疑問に持つのがキーとなって進む。

二人とも全く接点のないような感じだが、実は奇妙にリンクしていて、例えば天吾の回想に出てくる宗教団体「証人会」(エホバの証人のことなんだろうか?)の信者の娘はどうやら青豆のようだ。そしてどちらにもヤナーチェックの『シンフォニエッタ』が出てくる(青豆は冒頭のタクシーの中で、天吾は回想の中、一時期ブラバンだかなんだかのクラブに入った時に演奏した曲)。あとは大事なところでは、ふかえりが所属していたコミューン「さきがけ」がどちらにも出てくるし、リトルピープルという不可解なものも出てくる。

これは私の予想なのだが、青豆の話は天吾が書いている話の世界なんじゃないかと思う。なぜなら、天吾が書いている話にも月が二つ出てくるし、青豆が感じる変調の一つに月が二つ出る、というのがあるからだ。

“村上春樹らしさ”があんまり感じられない、と評したが、それでも村上春樹節は健在だ。
例えば、細かいほどの人物描写、独特な言い回し。あとドキッとするような言葉。その言葉の中で心に残ったのがこれ;

「やった方は適当な理屈をつけて行為を合理化できるし、忘れてもしまえる。見たくないものから目を背けることもできる。でもやられた方は忘れられない。目も背けられない。記憶は親から子へと受け継がれる。世界というのはね、青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いなんだよ」

p525

あと、村上春樹が“物語”について思っていることの一部なのかな、と思ったのがこれ;

もちろん小説を読むことだってひとつの逃避ではあった。本のページを閉じれば、また現実の世界に戻ってこなくてはならない。しかし小説の世界から現実に戻ってきたときには、数学の世界から戻ってきたときほどの厳しい挫折感を味わわずにすむことに、天吾はあるとき気がついた。なぜだろう?彼はそれについて深く考え、やがてひとつの結論に達した。物語の森では、どれだけものごとの関連性が明らかになったところで、明快な解答が与えられることはまずない。そこが数学との違いだ。物語の役目は、おおまかな言い方をすれば、ひとつの問題をべつのかたちに置き換えることである。そしてその移動の質や方向性によって、解答のあり方が物語的に示唆される。天吾はその示唆を手に、現実に戻ってくる。それは理解できない呪文が書かれた紙片のようなものだ。時として整合性を欠いており、すぐに実際的な役には立たない。しかしそれは可能性を含んでいる。いつか自分はその呪文を解くことができるのかもしれない。そんな可能性が彼の心を、奥の方からじんわりと温めてくれる。

p317-8

さてさて、下巻を借りなくては!!

(村上春樹 「1Q84 上巻」 2009年 新潮社)

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