これは“エンターテイメント小説”でないと思う:奥田英朗「最悪」

一気読みしてしまった奥田英朗の「最悪」。

笑えるわけでもなく、スカッとするわけでもなく、かといって感動で涙するわけでもなく、でも確実に言えるのがこれは傑作だということ。

なぜなら、タイトル通り、本当に本当に“最悪”な話だったのだ!

3人の人物の話が交互に進む。そして話の終盤で3人が集まる。
まず一人目は鉄工所を営む川谷。
不況のために、得意先から無理な注文を受けても、こなさなくては取引先を無くすことになるので、休日も返上してこなさなくてはいけない。
しかし、昔は工場地帯であったその場所も、バブル崩壊後、工場が一つひとつ潰れていき、代わりに住宅が建つようになった。その為に騒音をめぐって、住民といさかいが絶えない。仕事をしなくては仕事がなくなるのに、それをすると住民から苦情が来るし、とどんづまり状態の中、役人も出てくるは、住人の一人でエリート然したサラリーマンが理路整然と責めてきたりして、ぐああああという感じになる。

その上、得意先が機械を導入するよう勧めてきて、融資してくれる銀行まで見つけてきてくれてしまったので、それを受けることにする。なんとかお金を工面してきて融資までこぎつけたかと思ったのに、土壇場になって銀行側から「融資できない」と連絡が入り……

二人目は銀行員の窓口係のみどり。
ちなみに当然ながら川谷が融資をお願いする銀行で働いている。
毎日つまらない生活をしていて、辞めたいと思いながらずるずると暮らしている。実は家庭も少し複雑で、母親は父親の後妻で血が繋がっていない。下に妹ができた時に“自分はいらなくなってしまうんではないか”と感じたことから、優等生な人生を進むことになる。それなのに、妹ときたら高校も中退してしまって、母親に心配ばかりかけている。

そんな折に、銀行のリクリエーションの一貫であるキャンプにて、支店長からセクハラを受ける。
それを同僚に打ち明けたら、どんどん話が大きくなり、自分としては支店長から誤って欲しかっただけなのに、怪文書まで流されてしまう。

その上、ボケかけているんではないか?という毎日銀行に来ている、それでいて大きな地主らしいおじいさんを邪険に扱った次の日から、銀行に現れなくなり、どうなったのかと思っていたら自殺していたということを知り……

三人目は毎日パチンコして稼いでいる和也。
パチンコ仲間でチンピラのタカオと一緒にトルエンを盗みに行く。ところがタカオが準備してきた車というのが懇意にしてもらっているやくざの車だったらしく、その車から足がついてそのやくざの事務所にガサ入れが入ってしまう。

タカオとともにボコボコにされた和也は600万円を用意することになる。なんとか二人で事務所に押し入り600万を盗むことができたのだが、タカオがそれを持ってとんずらしてしまったがために、和也はまたボコボコにされる。

ひょんなことで知り合いになったみどりの妹・めぐみを人質に取られてしまい、またなんとかお金を工面しようとするのだが、めぐみが強姦されたことを知ったのが契機に、やくざを刺してしまう。
逃走するのに金が要る!ということで、銀行強盗しようと入ったのが、みどりの銀行だった。そしてそこには川谷の姿も。

とにっちもさっちもいかない3人が集まった時、銀行強盗は変な形になってしまい、みどりは志願して人質になり(もちろんめぐみがいたから)、川谷はすすんで金をバッグにつめるのを手伝って逃走に交る。

もしこれが三谷幸喜の映画だったら、コメディーとなるのかもしれないけれど、本書はひたすら“にっちもさっちもいかない”状態が続く。

ラストもすかっとする終わり方ではなく、割と同じような雰囲気で終わる。

とにかく川谷の焦燥振りが手に取るようにリアルで、読んでいるこちらも追い詰められた気分になる。
特に、融資されないと分かってから、銀行から信託銀行へお金を移動させるため、銀行に解約に行った時、妻から電話があり信託銀行から“融資はやっぱり難しい”と言われた時;

 目の前が真っ暗になった。この場で盛大に頭をかきむしりたい衝動に駆られた。…(中略)…また呼吸がしずらくなった。いったい何度目だろう、この数日で。

p506

今までの彼の描写が効いたのか、私の方も虚脱感で座り込みそうになった。
とにかく傑作だと感じたが、もう一度読む気にはなれない作品なのも間違いない。

(奥田英朗 「最悪」 2002年 講談社)

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