「六番目の小夜子」で多佳雄ファンってなかなかマニアックだな:恩田陸「象と耳鳴り」 

私にとって初の恩田陸の短編集「象と耳鳴り」は、一つ一つが短いのにその短さを感じさせない話だった。

一応、連作のようになっていて、元・判事の関根多佳雄が出てくる(出てこないのもあるけど)。
なんとこの関根多佳雄、「六番目の小夜子」で出てくる関根春の父親なのである! しかも春が現役検事として現れるし、おぉ~という感じ。ちなみに春は37歳、独身。高校生だった春が検事で37歳で、しかも独身か~

と書き連ねたが、実は全然気づかなくて、あとがきを話半ばに読んで知り、妹の本棚から「六番目の小夜子」を拝借して、改めて「おぉ~」となった。

さて肝心の中身はというと次の通り;

「曜変天目の夜」

美術館で曜変天目の茶碗を見ながら、酒寄という司法学者の死に立ち会ったことを思い出す。
その時、いつものように多佳雄は持参した酒を飲み、酒寄は自ら紅茶を入れ司法について議論をかわし、夜は別々に寝る。すると次の朝に酒寄が死んでいたのだ。
何年もたって、多佳雄はそれが自殺だったのではないか、と気づく。
ちなみに、私は;

 彼は楽しそうだった。純粋に理性の世界に遊ぶことのできる人間だけが見せる、あの歌うようなあどけない表情が目に浮かぶ。そして、ぽつりと言ったのだ。

――今日は、曜変天目の夜だ。

p14

といシーンが、ちょっと芝居がかっていて好きだった。

「新・D坂の殺人事件」

ご存知、江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」は団子坂だが、今回は渋谷の道玄坂。
ある青年の視点で話が進む。彼が自分と同じく町を回遊している老人・多佳雄に話かけた時、雑踏の中に突如として若い男の死体が現れる。
結論としては、携帯を使うことによって衆人が無意識に人を殺していた、というものだったが、渋谷の描写がよかった;

 人待ち顔、営業の顔、暇潰しの顔とさまざまな表情――だがそれでいて兄弟ではないかと思うほど似ている顔の群れ。
 俺は違う人とは違うあいつとは違う。
 あたしを見てあたしの方が可愛いあの子より可愛い。
 俺にやらせろ・あたしを選んで・みんなの中から・僕だけに奇跡を・あたしだけに幸運を。
 どの目もそう言っている。だからこそ皆同じ顔に見えるのだ。
 その若者たちの間を、黒子のように無表情に通り過ぎてゆくサラリーマンたち。

p28

“黒子”の表現が好き。

「給水塔」

上の若者(多分)と多佳雄との交流は続いていて、散歩仲間となっていた。
ある時、若者に連れられてある給水塔に行く。そこで彼より、給水塔にまつわる怪談めいた話を聞く。
それを聞いて多佳雄がまたもや謎解きをする話。

象と耳鳴り」

喫茶店のカウンターにて、老夫人から「あたくし、象を見ると耳鳴りがするんです」と打ち明けられる。
彼女は、その“象を見ると耳鳴りがする”という因縁話すると去っていく。そこのマスターに話かけられ、多佳雄は老夫人が言ったことは嘘だ、と言及する。
そしてまた推理を披露するのだった。
表題作にはなっているが、実はあまり好きじゃなかった。
「海にゐるのは人魚ではない」
やっと春のお出まし!
多佳雄と二人で出掛けたところ車がエンストしてしまい、立ち往生するハメに。
その時、子どもたちの『海にいるのは人魚じゃないんだよ』『海にいるのは土左衛門だ』という会話を聞く。そこから一家心中事件の春との推理大会。

「ニューメキシコの月」

この回は多佳雄は足を骨折して入院中。そこへ東京地検で働く貝谷がやってくる。
そして一枚の葉書を渡す。曰く、毎年夏にこの葉書が貝谷の元へ届くというのだ。差出人は九人の男女を殺し、死刑が確定している犯人。
貝谷は、これは何かのメッセージではないか、この事件には動機があったのではないか(動機がないと供述されていた)、と疑いを持つようになる。

「誰かに聞いた話」

ものすごく短い話。
ある日突然、多佳雄は誰かから「銀杏の木の下に、最近信用金庫から盗まれた現金が埋められている」という話を聞いたことを思い出す。でもそれを誰から聞いたのか思い出せない。
それを聞いた多佳雄の奥さんが判事する。
いくつかの事象が同時に発生して、後にそれを思い出す時に、全然違う事柄だったはずなのに、いっしょくたになっているこってあるよね、というお話。

「廃園」

多佳雄と彼の従妹の思い出話。
割とノスタルジックな話で、推理の色は少ない。
むせかえる薔薇園で、遠い昔のあの朦朧とした記憶はなんだったのか、みたいな感じ。

「待合室の冒険」

またもや多佳雄と春がお出かけして、電車が止まってしまって足止めを食らう話。
今回は春君、大活躍。ちょっとした話の内容から、麻薬取引を取り押さえる。
なんかこのコンビ好き。

「机上の論理」

今回は多佳雄は出てこず。
春と妹の夏が、従弟の隆一に呼び出される。そして部屋が写っている写真を渡され、これが誰の部屋か分かったら、バーの代金を奢る、と言われる。
これはあんまり面白くなかった。こういう判事物はちょっと飽きる。

「往復書簡」

多佳雄と新聞記者になった姪の、手紙のやりとりのみで構成される。
姪のちょっとした書き方から、鋭く彼女の変調に気づいた多佳雄がそれを追求すると、彼女は自分宛に来たいたずら手紙と、おかしな放火魔の話をする。
そして、例によって多佳雄の推理で、放火魔が捕まるまでいく。

「魔術師」

都市伝説にまつわる推理と、突如として小学校の一クラスから椅子が無くなったことの推理がちょこちょこっとあるだけで、後は“地方自治”がテーマとなっている(と思う)。
あんまりそういうのに興味がない私としては、最後にもっと手堅い推理物が良かったな~と思った。

とりあえず、たくさん話が詰まっていて、感想を書くのが長くなってしまった。
多佳雄と春のコンビの長編推理小説があったらいいなぁ、というのが一番の感想。

(恩田陸 「象と耳鳴り」 平成11年 祥伝社)

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