20万ドルあったら何に使うかなぁ~♪:ポール・オースター「偶然の音楽」


どんないきさつかすっかり忘れたが、自分の「読む本リスト」に入っていた「偶然の音楽」。
それを見た読書仲間の友達が「面白いよ」と請け負ってくれたのに、なかなか読む気がしなかった一冊。

そればかりか図書館で借りたというのに、読まずに返してしまった。
なんかAmazonの書評で“あんまり…”というのを読んでしまったのと、本の裏にある解説に“<望みのないものにしか興味の持てない>ナッシュ”だとか“理不尽な衝撃と虚脱感に満ちた物語”と書いてあるもんだから、すっかり読む気を失ってしまったのだ。
でももう一度借り直して、それでもって文庫本がそれしかないので、電車のお供に読んでみたら…
永遠に電車に乗っていたくなった。

なんでしり込みしてしまったのだろう?と非常に謎。
確かに話の内容は、“虚脱感に満ちて”いた。
でも読んでるこっちも虚脱感を感じるものではなくて、逆にぐいぐい読ませられる。本当に不思議。
主人公のナッシュは、妻に逃げられ、そのあとに20万ドルの遺産を手に入れた消防士。
残された幼い娘を姉の家にあずけたら、すっかりその家になじんでしまい、自分には懐かなくなってしまった。

消防士の生活に戻っても、なんとなくやる気が出なくて(もともと渇望していた職業じゃなかったし)突然辞めてしまう。

そして遺産で買った車で、アメリカを縦断するのだった。
目標とか何もなく、ただただ車を乗り回す日々。

それが“十三ヵ月に入って三日目”経った時、ひどい状態のやせた青年に出会う。
彼こそがナッシュのその生活を変えた人物で、ジャック・ポッツィと言う。
彼はポーカーの名人で(ポーカー中に強盗が入り、それのおかげでボロボロになっていた)、すごい山を当てるところだったのに文無しになってしまった、とナッシュに身の上を語る。

それに興味を持ったナッシュは、彼にポーカーの元金となる一万ドルを貸すことにする。
そうして二人で、ジャックを招いたという成金(宝くじであてた)二人組の邸へと向かうのだった。
この邸でのポーカーゲームがまたスリリングだった。

奇妙というよりいびつな二人と、いびつな館で夜に繰り広げられるポーカー。
なんとなくロアルド・ダールの話を思い出した。

最初は調子がいいポッツィ。このまま勝って楽しい話(その後ラスベガスでも勝利を果たし、二人はどんどん金持ちになっていくが、それとともに心が荒んでくる、みたいな)が展開されるのかと思いきや、ナッシュがちょっとトイレに行って寄り道している間に(ということは読者も寄り道している間に)、ポッツィの形勢は逆転されていた!

ナッシュの車まで賭けたのに負けてしまい、正真正銘の無一文になり、更に車を返してもらおうと賭けをしたら一万ドル負けてしまったのだ・・・
返す方法としてnasty二人組が提案してきたのが、二人が計画していた壁作りを行う、つまり労働するということだった。

こうしてマークスという現場監督のもと、二人はせっせと石を積み上げることとなったのだった。
ところが!

一万ドル分働ききった!となってお祝いした次の日、信じられない事実を告げられる。
それは飲食代等などが借金に付け加えられていた、ということだった。

怒り狂うポッツィ。逃げだそう、という提案するポッツィを説得できず、2人は離ればなれになる。
ところが、次の日ナッシュが扉を開けると、そこには見るも無残なポッツィが転がっていたのだった。
マークスが病院に運んだが、ポッツィの死を確信するナッシュ。
一人ぼっちで石積みを続けるのだった。

全体的になんとなく村上春樹を思い出させた。
昔村上春樹好きの友達に、“村上春樹は翻訳のような文体を目指しているらしい”というようなことを聞いたけれど、確かにそうだな、と翻訳本の本書を読んで思った。

それに、主人公のナッシュは孤独と共にあって、クラシック音楽を愛し、本をよく読む。あと、“石を積む”といったような、単純作業の繰り返しっていうのもなんとなく“っぽい”。
でももちろん、“っぽい”だけで全然違って、村上春樹の孤独には「陽」の部分を感じるが、こっちはもっと漠々としたものを感じる。

あの大きなアメリカの中にいる、ぽつねんとした自分。みたいな感じ。

何か訳のわからない圧倒的な力に彼は捕えられてしまっていた。狂気に追いやられた動物が、闇雲にあちこち走りまわっているようなものだ。…(中略)…アメリカの西側全部をカバーして、オレゴンからテキサスをジグザグに往復し、アリゾナ、モンタナ、ユタを貫く広大で空っぽのハイウェイを突進していったが、別に何を見たわけでもなく、そこがどこだろうとどうでもよかったし、ガソリンを入れたり食べ物を注文したりする際に必要に迫られて話す以外は一言も喋らなかった。

(p13)

なんて読むと、昔行ったアメリカの360度地平線しか見えないハイウェイを思い出した。
そこは闇雲に走るにはあまりにだだっ広く、私だったらその広さに潰されそうになる。
そんな孤独感が肥大しそうな風景から、一変にして閉ざされた世界へ。
銃を携帯した男が監視する、鉄線の中での石運びの生活。

その対比が物語的といえばそうだけど、良かった。
そして最後の最後に、自由であった象徴である車に、銃を持った男と一緒に乗ったナッシュ。
その行く末は物語的といったら物語的だけど、やっぱり良かった。

<ポール・オースター 「偶然の音楽」 柴田元幸・訳 平成13年 新潮社>

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