軽皇子といえば孝徳天皇なのだが、他にいらっしゃったのか?:森谷明子 「七姫幻想」


遠い昔に発刊されたFigaroに紹介されていた本書「七姫幻想」。
短編集だと知ってちょっと敬遠してしまっていたけれど、読んでみたらえらい面白かった!

もともと平安時代の話って好きだから(その割にその時代の小説って少ない気が)、ほとんどの話がその時代だったのが良かった。
時代物だと思って読んでいたら、「小説推理」に連載されていたらしいし、作者も鮎川哲也賞を受賞してデビューしたのだから、一応推理小説の部類に入るだろう。

確かにただの歴史小説ではなくて、ちょっとした謎があって、それが雅に解決されている。なんというか、派手な装置はないけれども(一応殺人とかもあるけど)、やわらかい雰囲気の中、でもちゃんと人の情感のどろどろさも出ていて、えも知れぬムードが漂っている感じ。
あと良かったのが、ところどころに「これはあの人なのか?」というのが出てくるところ。
例えば、“少納言”という人が出てくるのだが、話を読んでいくうちに“もしかして清少納言??”となる。最後まではっきりしないけれども、「源氏物語」を批判したり、やたら強気だったりして“むふふ”となった。

「ささがにの泉

土地神に守られている衣通姫(そとおりひめ)。そこへ大王が通うようになる。
その大王の妻(つまり大后)こそが姫の姉で、病弱だった大王に力をつけてもらおうと、土地神の力を持つ姫の元へ通わせる。ところが元気になった大王が、ある日姫の元で死んでしまう。
姫が殺したとしか思えない状況。でも姫の手元には毒はなく、外も大王のお供によって見張られていた。では大王はいかにして亡くなったのか・・・?

「秋去衣」

“ささがにの泉”にて、その謎を解いた大王の子息・軽皇子が主人公。
大王が崩御し、その弔いが行われる中、むしゃくしゃした皇子は、御機と呼ばれる神聖な衣が織られている所へ乱入する。そこはどんな人でも出入り禁止だったのだが、乱入しただけでなく一人の女を連れ去り、犯してしまう。
そこからその女と逢瀬を重ねる軽皇子。
それが発覚してしまい、挙句の果てにはその相手が自分の妹だったことが判明し、流刑に処せられる。
その妹の口より、弟が起こしていた陰謀を知り、それから軽皇子の命を守るために妹が身をまかせたと知る。

「薫物合」

この話の主人公の一人は元輔なのだが、多分、というか絶対清少納言の父である、清原元輔。
彼が懇意にしていた不思議な女性、夏野の姿が見えなくなっていた。すっかり飽きられたと思っていたのだが、実は彼女は殺されて、土に埋められていた。
夏野を姉と慕っていた瑞葉は事件の真相を探る。それに巻き込まれる元輔。
事件が解決された後、瑞葉と元輔は一度契りを結んだ後、瑞葉は姿を消してしまう。
そして五年後に女の子が届けられる。瑞葉は死んだと聞かされた元輔は、彼女を育てることにしたのだった・・・。
多分、その女の子こそが清少納言なんでしょうね。

「朝顔斎王」

父天皇が崩御していたため、斎王の座を降りた娟子。普通の世間には馴染めないでいる。
その彼女に嫌がらせのように、死んだ雛や犬の尻尾が投げ入れられた里、植えていた朝顔が全部摘まれたりする。一体だれがそんなことを・・・?
何気に一番好きな話だった。
こういうおっとりした姫タイプは、ただうざいだけなのに、なんか気にいってしまった娟子。どんかんなところを含め初々しいのが、厭味なく表現されているからか?
ちなみに彼女と俊房の恋の行方はきちんとWikipediaに載っていた。
もっとちなみに、彼女たちの恋の話が田辺聖子の「百人一首」に書いてあるかと思ったけれども、道雅の話(今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもかな)で、こちらは悲恋でした。
この話は清少納言(らしき人)だの娟子だの俊房だのと、実在の人物が出てきていて、そして生き生きと描かれていて面白かった。

「梶葉襲」

落飾した元女御の生子と、乳母の上総と七夕近いある日、女御であった時の七夕の話をする。
その七夕は不思議なことが起きた七夕で、まずお供え物が水浸しになり、せっかく女房たちが葉に書いた願い事が消えてしまったこと。そしてその前には、女房たちの着物が雨のせいで台無しになってしまったことがあった。
後者には稚葉が絡んでいた。そして稚葉はその後、殺されてしまうのだった。
その七夕に起きた一連の事件の裏にひそむ真実とは?
雨の印象が強い作品で、女二人が過去をそっと偲んでいる室内に雨音がこだまする、という風景が浮かぶ。

思い出は、蝶と同じ。遠くから舞い飛ぶ姿を見ていれば愛らしいが、手に取れば禍々しい相をしている。

(p217)

という一文が生子の物憂げな様子がよく出ている気がした。

「百子淵」

今までほぼ都が舞台(それでなくても大王などが出てきた)だったが、今回は不二原が舞台。
不二原で綿々と続いている儀式。その儀式と伝説の裏にある事実とは?というのがメイン。
ここには実際の姫は出てこなくて、伝説の姫が“姫”なんでしょう。

「糸織草紙」

時は下って江戸時代。舞台は京都。
女の子しか産めなくて苦しむ志乃は武家の妻。生活のたしにと機織りをする。
ある日、糸を買いに行った帰りに惨死体を見つけてしまう。そして次の日、同じ場所にはものぐるいの気がある姫に出会う。

すっごい今更ながら、この七姫というのは七夕の七姫から来ているそうな。
曰く、たなばたの七姫とは、秋去姫・朝顔姫・薫(たきもの)姫・糸織姫・蜘蛛姫・梶葉姫・百子姫(全部織女の異称)のことだそうな。

確かに七夕が出てきたり、七夕周辺の話だったような・・・というのは最後の物語を読んで「この話はやたらと七夕だの織物だのがでてくるなぁ」と思い始めたのがきっかけ。
遅すぎる!


森谷明子 「七姫幻想」 2006年 双葉社

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