しおりの紐が赤白の二本ってのが面白かった:誉田哲也 「武士道シックスティーン」


映画化になったとかで、本屋の店頭によく並んでいる「武士道シックスティーン」。
なんか女の子が主人公の青春小説っぽいのに“武士道”ってのに興味を持ち、図書館で借りてみた。
話の流れとしては、青春小説のお約束どお~~~り事が運ぶ。

剣道一筋で非常に強く、勝敗にものすごくこだわる少女。そこに現れるライバル。
でもライバルはのほほ~~んとしていて勝ち負けにこだわらないようなタイプ。
ぶつかり合いながらも、挫折し、成長していく。
といった流れになっている。
だから特別新しいわけでもなんでもないし、途中までは“ふぅう~~ん”と思いながら読んでいた。
が。

なんか後半から読むのが止まらずに、本当は単行本だから持ち運びたくないのに外に出かけるのに持っていくことになり、電車で没頭しすぎて涙が出そうになるわ、降り遅れそうになってしまった・・・

主人公は二人いて、勝敗にこだわる剣道のエリート磯山香織、それからのほほ~~んとしている西荻早苗。
この二人の視線が交互になって話が進む。

中学生の地域大会で、肩慣らしのためにエントリーした香織。楽勝していくつもりだったのに、西荻にあっさり負けてしまう。
高校進学にあたって、西荻の学校(エスカレータ式だった)にスポーツ推薦で入ることを決め、いざもう一度勝負しようとすると、まったくもって西荻は弱い。
本気出せよ!と怒るのだが、西荻だってあの時はまぐれで勝ったくらいにしか思っていない。
なにせ二人の環境があまりに違い、よって剣道に対する想いが違うのだ。

まず香織は三歳から剣道を始め、父親も兄も剣道家。父親は神奈川県警に勤めており、少年剣道教室を受け持ったりするくらい。兄も剣道をしていたが、父親の教え子である岡巧に完膚無きまま敗れたのをきっかけに、剣道を止めてしまう。

兄の方はまったく拘っておらず、むしろ剣道やめれてよかったといった風なのだが、香織は違った。岡巧を敵とみなし、兄の敵をとるのを目標にしている。
そんなわけで勝敗にひどく拘る。父親との確執もある。
昼休みに「五輪書」を読みながら鉄アレイを持つ剣道一筋人間。

かたや早苗は、中学生から剣道を始めた。
始めたきっかけは、それまでずっと日舞をやっていたのだが、学校に日舞の部活がない、ならば和の体を動かす部活に入るか、というので剣道を選んだのがきっかけ。
そんな早苗だから、勝敗に拘らず、むしろきれいな剣道をしよう、先生に教わった技ができるだろうか、といった風に自己鍛錬型だった。
それには事情があって、すべてに負けた父親を見てから、勝敗にこだわって負けたらどうしたらいいのか、と怖くなってしまったのだ。

そんな二人がぶつかり合い、といっても香織がほぼ一方的に早苗につっかかっているのだが、成長していくお話。
特に、香織が一度“剣道ってなに?”“自分には剣道をやる資格があるのか”と壁に行きあたり、どん底に落ち、その後になんとか這い登っていくのは、なかなか見ものだった。
ま それが青春小説の肝といったら肝なんだろうけど。

全体的に面白かったのだが、一つ難を言えば、早苗のキャラクターが計りかねた。
香織が強烈なキャラクターをしているから陰に隠れてしまったというのもあるのかもしれないけれど、それにしても分かりにくい。早苗が一人称の時と、香織目線の時とで、しゃべり口調というかしゃべっている雰囲気が違ってて、それも把握しずらい要因だったと思う。

香織の方が一度どん底に落ちて、早苗のおかげで這い登っていくってな感じなので、メインなのかもしれないけど、もうちょっと早苗がなぁー

そんなわけでのめりこんだのは香織の部分で、特にどん底に落ち、インターハイで惨敗し、父親と口論になったシーンは、電車の中で涙が出た。

「……お前が勝とうが負けようが、そんなことは知ったことではない。ただ、それで誰かを傷つけるようなことがあれば、見過ごすわけにはいかなくなる。」…(中略)…
「……じゃあ、もうそんな心配、しなくていいようにしてやるよ。あたしが、剣道やめればいいんだろ。それであんたは気がすむんだろうがッ」

(p288)

と言い捨てて二階に上がった香織のもとへ、兄がやってきて明かす真相。

「父さんが香織に剣道やめさせたいなんて思うわけないんだ。絶対にそれだけはないんだ。そんなの、お前が知らないだけなんだ…(中略)…
 父さんは、ほとんど欠かさず、香織の試合を、会場まで見にいってるよ。関係者に結果だけ聞いてるってのは、うそだ。本当は何日も前から仕事の都合をつけて、毎回見にいってる。それが無理なら知り合いにビデオ撮影頼んで、あとでこっそり、香織のいないときに見てる…(中略)…
 香織のこと、いつだって心配している。父さんは、玄明先生に対しても敬意を持ってると思う。あの剣道を否定してるわけじゃない。ただ、香織は勝気だから……あの剣道の、攻撃的な部分だけ執着して、傾倒していくのが怖いんだよ。それでも、香織の意思を無視することはしなかったろ?一度だって、香織を玄明先生から引き離そうとしたことがあった?なかったろ。その代わり、僕に頼むって、あの父さんが、頭を下げたことがあったよ……香織が中学に入るまで、一緒に桐谷道場に通ってやってくれって。香織を見守ってやってくれって。それがなかったら、僕はもっと早く剣道をやめてたよ…(中略)…
 お前は、決して一人で強くなったわけじゃないんだ。色んな人に支えられてここまできたんだよ。特に父さんには……ねえ、思い出してごらん。香織は、剣道始めるときになんて言った?兄ちゃんばっかりずるい、あたしも父さんに褒められたいって、そう言って始めたんだよ。父さんは、香織の憧れだったはずだよ。…(中略)…
 香織は、岡くんが僕に勝ったこと、彼が父さんの生徒だったこと、すごく恨んでるみたいに言うけど、本当は違うんだろ。香織、あのとき泣いたよね。でもあれ、僕が岡くんに負けたからじゃないんじゃない?本当は、父さんが岡くんを褒めたから、それも……僕たちには見せないような、優しい顔で笑いかけたのが、悔しかったんじゃないの?」

(p291-3)

あ~読み返したらまた涙が・・・
涙に任せて引用が長くなってしまったけれど、なにせ読んでて、この親父が気に食わなくて。
ちったぁ香織の努力を認めてやりなよ、そんな物言いをしなくていいだろ、仮にも娘だぞ!と思って、若干怒りを覚えてた分、ガーン!!!と来たのだった。もぉ~こういう“実は○○だった”系って、涙にひっかかりやすいと分かってても、まんまとひっかかってしまうんだよなぁ~~


誉田哲也 「武士道シックスティーン」 2007年 文芸春秋

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