上司に図書券を1000円分をもらい、何を買おうかと思ったところへ、ふと筑摩書房が出している「ちくま日本文化」シリーズを集める夢があることを思い出した。
ただ単に、安野光雅さんの表紙絵にひかれたともいうのだが、これをきっかけに日本文学に触れるのもいいかなと思ったのだった。
ということで上司にもらった図書券を握りしめて、シリーズ第一弾の内田百聞を買ってみた。
初めての内田百聞だったのだが、正直な感想は“あまり知られていない(文学史では出てくるけど)のはもったいないくらい面白い”というものだった。
なんだか奇妙な不思議な話と、自小説系になると借金しまくる駄目人間っぷりが出ている話と、そのギャップがまた面白い。
非常に短い短編ばかりなので、タイトルだけ列挙すると以下の通り;
- 花火
- 山東京伝
- 件
- 流木
- 道連
- 短夜
- 波止場
- 豹
- 冥途
- 大宴会
- 流渦
- 水鳥
- 蘭陵王入陣曲
- 山高帽子
- 長春香
- 東京日記
- サラサーテの盤
- 琥珀
- 東洋漁業
- 風の神
- 虎列刺
- 炎煙鈔
- 雀の塒
- 薬喰
- 百鬼園日暦
- 餓鬼道肴蔬目録
- 一本七勺
- 無恒債者無恒心
- 蜻蛉玉
- 大瑠璃鳥
- 泥棒三昧
- 素人掏摸
- 長い塀
- 錬金術
- 特別阿房列車
「蘭陵王入陣曲」くらいまではなんだか、夢の話のような感じだった。
内容が不思議だったことは不思議だったのだが、なんで夢っぽいと感じたのかをちょっと考えてみたら、文章によるところが大きかったと思う。
自分の目線であるのに、非常に客観的に描かれていたり、情景の描写の仕方が俯瞰的であるのが原因の一つのような気がする。また、ちょっとあやふやなところもまた夢っぽい。
例えば「件」の出だしはこんな感じ;
黄色い大きな月が向うに懸かっている。色計りで光がない。夜かと思うとそうでもないらしい。後の空には蒼白い光が流れている。日がくれたのか、夜が明けるのか分からない。黄色い月の面を蜻蛉が一匹浮く様に飛んだ。黒い影が月の面から消えたら、蜻蛉はどこへ行ったのか見えなくなってしまった。私は見果てもない広い原の真中に立っている。
(p24)
人によって夢に対する認識が違うだろうから、これが夢っぽく感じるのかは人それぞれだろうが、私にとっては自分の夢の感じとよく似ていた。
ということで、その夢っぽい話群と、「無恒債者無恒心」をはじめとする内田百聞の私小説っぽい話が好きだった。
内田百聞 「内田百聞 ちくま日本文化001」 2007年 筑摩書房
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