やっぱり面白い「三国志」。読み始めるとすぐ読み終わってしまう。
内容といえばただただ戦っているだけ(失礼!)なんだけど、人間のスケールが違うし、また吉川英治の筆致も鮮やかですいすい読めてしまう。人間のスケールが違うのは、やっぱり大きな大陸だからかしら…(まぁ誇張も多いにあるだろうけど)
さて本書の最大なる事件はというと、呂布がついにやられてしまうところ。
呂布といえば、自分を育ててくれた主人を裏切って寝返った先の主人は、朝廷を乗っ取るような暴挙に出る。周りのけしかけもあってまたもや主人を殺して、今や強豪将軍となったといったところだろうか(私の記憶が正しければ)。
吉川英治作品の特徴だと思われるが、この呂布も決して悪人に書かれていない。
むしろ子供のような人に描かれている。なのでどんどん追いつめられていくところは、追いつめる側にもっとやれー!」と声援をかけるというよりも、呂布に対して「あらあらあら…」という感情を抱いてしまった。
呂布が倒されると必然的に曹操が絶大な力を持ち始める。
そして例によって、朝廷内では曹操をなんとかしなくては…という想いを持つ者が現れる。
劉備と曹操の関係はというと、当初はそこそこいい。
ところが、朝廷内の曹操反対派の仲間に加わったのがばれたことで、一気に敵対することになる。
もちろんのことながら劉備の方は大敗し、しかも劉備・関羽・張飛は別れ別れになってしまう。
まず劉備が身を寄せたのは、曹操と敵対している袁紹の元。
一方関羽の方はというと、かねてから関羽のことを好ましく思っていた曹操へ迎えられる。この曹操、大変関羽のことを気に入ってなんとか自分の部下にしたいと思うが、関羽は頑として断り、ひたすら劉備のことを慕う。それがまた曹操が関羽を気に入る元となって…というところで三巻は終わる。
以下は好きなシーンの抜粋;
私はあんま出て来ないけれども、夏候惇が好きなのだが、好きになってしまったシーンというのが;
矢は、夏候惇の左の眼に突き刺さった。彼の半面は鮮血に染み、思わず、
(p81-82)
「あッ」
と、鞍の上でのけ反ったが、鐙に確(しか)と踏みこたえて、片手でわが眼に立っている矢を引き抜いたので、鏃と共に眼球も出てしまった。
夏候惇は、どろどろな眼の球のからみついている鏃を面上高くかざしながら、
「これは父の精、母の血液。どこも捨てる場所がない。――あら、もったいなや」
と大音で独り言をいったと思うと、鏃を口に入れて、自分の眼を喰べてしまった。
そして、真っ赤な口を、くわっと開いて、片眼に曹性のすがたを睨み、
「貴様かッ」
と、馬を向け飛びかかってくるや否、ただ一槍の下に、片眼の讐(かたき)を突き殺してしまった。
中国人の表現ってすごいな、と思ったのがこれ。確か漢文の授業でも似たような表現が出てきたような;
云ううちにも馬騰はまなじりを裂き、髪さかだち、すでに風雲に嘯く日のすがたをおもわせるほどだった。
(p194)
吉川英治作品は、どんな困難な時でもポジティブに前を向く言葉がよく現れるから好き;
「世はまだ滅びません。たのもしき哉、濁世のうちにも、まだ清隠の下、求めれば、かくの如き忠烈な人々も住む」
(p201)
「この地上は、それ故に、どんなに乱れ腐(す)えても、見限ってはいけません。わたくしはいつもそれを信じている。ですから、どんなに悪魔的世相があらわれても、決して悲観しません。人間はもう駄目だとは思いません。むしろ、見えないところに、同じ思いを抱いている草間がくれの清冽をさがし、人間の狂気した濁流をいつかは清々淙々たる永遠の流れに化さんことの願望をふるい起すのが常であります。」
吉川英治 「三国志(三)」 1989年 講談社
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