沙羅双樹の花の色:吉川英治「吉川英治全集34 新・平家物語(二)」

さて、平家物語も第三段。
この巻では、平家はその繁栄の絶頂を謳歌することとなります。(注:上の画像とはバージョンが異なります)

清盛関係でいえば、妓王御前や仏御前といった白拍子が出てきたり、清盛が剃髪したり、福原(今の神戸)が開港して宋との国交が始まったり、娘が安徳天皇を産んだり、鹿ケ谷の会合があり、そして最後には小松重盛が死んでしまうところまでいきました。

そんな絶頂ぶりだけれども、陰りがもう少しずつ出てきているという状態で終わりました。

でもこの巻のメインといえば義経と頼朝でしょう。

まず頼朝は(義経の方が登場は早いですが)、もう早、30くらいになっていて、北条政子とちちくりあってる感じだったりします。ここに描かれる頼朝は、女遊びが派手で、それでいて、何を考えているのか分からない、という設定となっていました。

北条家は平家側で(だから頼朝を監視している立場)、政子の父親はそれを知ったときに怒り狂うわけだけれども、最終的に二人の本気(というか政子の気持ち)を汲んで、政子の結婚のドタキャンを許してしまう形をとります。そしてその時に、覚悟をきめるのでした。

義経はというと、鞍馬から、天狗の名の下身を隠していた源氏の残党と、奥州藤原氏秀衡の手下吉次の手を借りて、出て行きます。しかし、まず京都で機を計ったり、奥州に行く道すがらで吉次から逃げてしまったりと、奥州にたどり着くまでに時間がかかります。それでもって、奥州での滞在期間は短く、そこから逃げ出して京都に戻ってしまうのです。この巻は、義経一向が近江へ行く途中に、源氏残党らしき軍団に間違って捕まってしまうところで終わりました。

この平家物語の面白いところが、義経がまったくもってかっこよく書かれていないところです。判官びいきの言葉が生まれたくらいの義経であるから、普通だったら、紅顔の美青年であったりしそうなものなのに、逆に、とんでもない野生児でどうしようもない(なんか猿っぽいイメージ)青年なのです。しかも小さい時の栄養失調のせいで、背がとても小さい、という描写が何回も出てくるしまつなのです。

それでも魅力的なのは、子供っぽさが残り、母親や頼朝(佐殿)に恋焦がれているところがあるからでしょうか。その義経がまつわるシーンで、ことさらかっこよかったのが、次のシーンでした。

吉次に連れられて奥州へ向かう道すがら、あと一歩で坂東と言う所で、吉次が水を探してどこかへ行ってしまった時のことです;

 …(中略)…あぶみ疲れの足を、自分も踏み癒していた九郎は、やがて、草の上にゆったりすわりこんだ。そして、また伊豆の海、伊豆の島じまを、はるかにながめやっていた。
(―――まだ見ぬ義兄の佐殿とは、、どんな方であろうか)
…(中略)…さながら、義兄の頼朝に、会って語ってでもいるように、凝然と、なお心も眸も遠くしていた。
 すると。さっきから、かれの後ろに聞えていた声が、またおそるおそるいった。
『せっかく、御休息のていとは存じますが……。源九郎様……義経様』
ふと、耳にとめて、かれは振り返りざま、
『なんだ、吉次』
 と、うるさげにいった。
 しかし、後ろに見えた者は、吉次ではなかった。
 見なれぬ侍がふたり、かれの背へ向かって、両手をつかえていたのである。

p222-223

か・かっこよすぎる・・・ こんな風に、義経のほうは色んな源氏方の人々と会って行きます。
 平家物語を読み進む楽しさの一つに、「あっ!この人はもしや!」というのが度々出てくることです。例えば、義経が奥州に旅立つ前、京都にて女の子の格好で、白拍子の家で隠れているのですが、そこで仲良くなった女の子が“静”という名前なのです。ということは、静御前・・・?みたいな。

 それとか那須与一(余一となっていたけれども)が出てきたり、忠信って「義経千本桜」で狐がなりすます人じゃなかったかしら?とか、もちろん弁慶も出てくるし(叡山の法師だった)、俊寛が出てきたり・・・。どれだけこの平家物語にまつわる話が、日本文化に浸透しているのかがよく分かります。

 …(中略)…その清盛も、近ごろの人災天災になんの施策も見せてはいない。ただ平家の安泰と、子孫の繁栄のほか願いもないかのようであった。ようやく、かれもまた、古今の英雄とか成功者とかいう者が行きつく晩成期の愚に返って来たものであろうか。
 時しも。
 …(中略)…今を盛りの栄花が、常春を誇っているようであった。
 けれど、ほんとは、天災人災の連続こそ、司権者の致命になろう。無関係なはずはない。
 答えは、時が来てみれば、余りにも分かりすぎていたことである。けれど、時の至る寸前までも、悟れないのが、敵味方とも、人間の常であった。花は、散る支度をし初めるときが、花の一生のうちでいちばん美しいし、盛りにも見える。

p436

こうして、平家の盛りに陰りが出てきて、源氏方の草の根の動きが活発になっていくようです。

(吉川英治 吉川英治全集34 新・平家物語(二) 講談社 昭和42年)

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