平安時代は臭かった設定がよかった:柴田よしき「小袖日記」

軽い本が読みたくて借りてきた柴田よしき。
表紙の絵からして平安時代の話なんだろうと思っていたら、なんと紫式部の話だった!

しかもちょっと推理が入っており、そう意味で前に読んだ「千年の黙」に似ている。
ただ、さすが柴田よしきで、ずっと軽いタッチでなんちゃってSFで、一気に読める本だった。

主人公は不倫してその不倫の相手に振られて“死んでやる!”と思ったOL。
“死んでやる!”と思ったものの決心がつかなく、やっぱ止めた!と思った直後に突然の衝撃に当たる。
目を開けてみるとおかめ顔が心配そうに「小袖大丈夫?」と言っている。
なんじゃこりゃ~~~!!!と思って自分の顔も水面鏡で見たらおかめ。
なんと!平安時代にタイムスリップしたようなのだ。

といっても実際のタイムスリップとはまたちょっと違う感じで…(と何度も言っているが、そんなにこの設定は生かされていないので無視してもよかろう)。
自分は小袖と呼ばれる女房で香子様に仕えている。
その香子様というのが、もちろん紫式部。

なんでも「源氏物語」は紫式部単独で書いたのではなくて、協力者がいたようなのだ…という説に基づいてできている。
その協力者というのが、もちろん小袖。
宮中の噂話をかき集めてくるのだった。
「源氏物語」にはちゃんとモデルの人がいて…という設定なのだが、そのモデルの女性にまつわるお話がこの本のテーマとなっている。

何が面白いって、主人公は「源氏物語」の話をなんとなく知っているので、カンニングをしている感じで物語のネタを探してくる。
そして平安時代の“物の怪”だのなんだのは、実は病気なんだ、というのをどんどん見抜いてくる。
章ごとにちょっとまとめると(ネタバレあり!);


「夕顔」

生霊に取りつかれてしまう話なのだが、さびれた屋敷に住む美人な女性。戸口には夕顔が咲いている。
そこに当世随一のいい男、胡蝶の君が通うようになる。それなのにまったく素状を明かさない。

小袖も仲良くなるのだが、小袖にも氏素性を語らないのだ。
ただ何かに怯えているのが分かるのみ。
そんな折に香子様の元へ使いがやってくる。小袖もせかされて行ってみると、夕顔の死体と胡蝶の君・それから胡蝶の君のお友達清瀬の君。
氏素性を知らない女性だから変な噂になるかもしれない、なんとかしてくれと言うのだった。
物の怪につかれたのでもなく、毒をもられていたような夕顔。
しかも夕顔は糖尿病のようで、低血糖に陥り、甘いものをいつも袖に隠していた。そのお菓子に毒が塗られていたのだ。

犯人は清瀬の君の正室、雅様。
そして夕顔の元へは清瀬の君も通っていたことがあるということも判明。
雅様の初恋の相手は胡蝶の君。
でも身分の関係上清瀬の君の正室になる。その清瀬の君のことも愛し始めたのに、清瀬の君は夕顔に会いに行ってしまう。

嫉妬に駆られた雅様は、夕顔を脅しにかかる。
清瀬の君はそんなことがあったので夕顔の元へ通えなくなり、でも後ろ盾がないと可哀想、ということで胡蝶の君を紹介する。

そこで怒ったのが雅様。旦那どころか初恋の人まで!
死をもってもっと驚かそう、ということで毒をもった、というのが話の真相だった。

「末摘花」

『源氏物語』の中では一番不細工な“末摘花”。
小袖ももちろんそれを期待しつつ末摘花・薫子に会う。
ところが、薫子はそれはそれは美人だったのだ!
あれま~間違えた!と思った小袖。

でもなんで涼風の君(薫子の元へ通っている)を拒んでいるのかしら…と思っていたら。
真相は薫子のお世話係の葛野とできていたのだった……
というわけで涼風の君とは関係を持ちたくない、ということが分かった小袖は入れ知恵をする。

なんでも一晩過ぎた後に氷室からの凍りで鼻を赤くしちゃいなさい、と。
殿御の援助がなければ生活できないこの時代の女性。
香子様がこの物語を書くことによって、涼風の君は世間体の眼により“ただぽいっと捨てる”ことができなくなる。
そんな訳でできたのが『末摘花』だったということだ。

「葵」

胡蝶の君の奥方の話。

胡蝶の君が妊娠中の奥方・山吹の上を訪ねて行くと、そこに生霊が居たというのだ。
その生霊の正体を暴くべく、小袖は山吹の上に仕えていた“さかえ”に会いにいく。なんでも体調を崩し田舎にいるというのだ。
でも実際に会ってみると元気。はて…?と思って問い詰めてみると。

さかえが下剤などを飲んでやせ、生霊を芝居をうったというのだが、その理由というのが山吹の上の母方の家系には蜘蛛の呪いがあるというのだ。それを悟られたくなくて、“夕顔”の話をふと思い出して生霊の演技を思いつく。
山吹の上はもともと丈夫であったのに、蜘蛛の呪いで体調を崩してしまったと言うのだが。

そもそも胡蝶の君には年上の女性がいた。山吹の上を正室に迎えてからは疎遠になったのだが、ある時牛車ではち合わせをしてしまう。
主人達の意向とは裏腹に家来たちが喧嘩をしてしまい、相手方の車は壊れてしまう。
その謝罪のお返しとして山吹の上がもらった螺鈿の箱には蜘蛛がいたのだ!

そんなわけで香子様と小袖は、胡蝶の君の元恋人若菜姫の元へ連絡を入れ、三人で見舞いに行くのだ。
そこにいたのは起き上がれない状態になっている山吹の上。なんと乳癌にかかっていたのだ。
香子様は、もちろん乳癌なんて知らないのに“呪いではなく病気ですよ”と言って、生きる意欲を湧かせる。

若菜姫は“蜘蛛の呪い”と噂がたつことが忍びない、といって、自分の生霊がとりついたのだ、と書くように香子様に願う。

「明石」

主人公が一番嫌いなのが明石の君なのだそうが。
それを読むと、柴田よしきがこの話を書いたのって、「源氏物語」があまりに嫌で、なんで「源氏物語」の中の女性がこんなんだったのかというのを考えた末に話ができたんではないかと思ってしまった。

新帝となって胡蝶の君は失脚し須磨の方へと流されている。
そんな折に香子様の遠縁の明石の入道から連絡が入り、香子様は小袖を伴って明石へやってくるのだった。
小袖が酔いを覚まそうと別室に行くと、そこにはその屋敷の姫・明石の君が。

明石の君から、せつせつと都に行きたくないという話を聞く。
海が好きで、都人のような夫婦関係でなくて、自分の両親のような親密な夫婦でいたい。
でも父親はなんとか娘を都にやらせたくて、財を尽くし、教育もし、挙句の果てには胡蝶の君を呼んでいるしまつ。

どうやら明石の君には、添い遂げられない人がいるようなのだ。
そんなこんなで特になにもせずに明石から戻った香子様と小袖。
しばらくして胡蝶の君は、かの有名な四季になぞられたお屋敷を建てることになる。
そこで北の方に入ったのが、なんと明石の君!

しかも「私は石女なんです」と言っていたはずなのに赤ちゃんがいるという。
びっくりした小袖は会いに行ってみると、そこには明石の君に仕えていたあかねがいたのだ。
真相はというと、明石の君に贅沢を尽くすために、明石の入道は海賊と手を結んでいた。
いつしかその海賊に想いを寄せた明石の君は、ほどなくして駆落ちしてしまう。
そこで、都になんとしてでも上りたくて、胡蝶の君の元へ通っていたあかねを養子縁組して、都にあがらせた、というのだった。

「若紫」

さて話が大詰めに。
香子様に連れられて山奥のお寺に行ってみると、そこには尼僧と幼い女の子が。
その女の子、なんだか不気味な感じで。

尼僧と香子様がお話に奥へ行ってしまったのをきっかけに話してみると、なんと彼女も小袖と同じ世界から来たというのだ!
ちょっと可哀想なことに、こちらは元が中年女性・洋子。ティーンエイジャーの子供が2人もいるのに少女の体に…
なにはともあれ、どうやら負の感情と雷、というキーワードに変わってしまったようなのだ。
この女の子というのが、紫の上のモデルのような少女。

左大臣の息子に見初められ、行儀作法のお勉強ということで祖母の元を離れて(両親は亡くなっている)、ほぼ軟禁生活を送っている。
そんな折から雷にあたって、元夫に子供を取られそうになって激しい怒りを感じていた洋子と入れ替わってしまったのではないか?というのだ。
確かに主人公も死んでしまいたいと思っていた。
では小袖は何を思っていたのだろう?
というのがこの章のお話となる。

洋子や若紫、それから主人公のの生々しい話と対極にして、小袖のお話は大変心温まるものだった。
香子様が小袖を重宝する理由、そして小袖のために宮中で起きる恋の綾錦のような「源氏物語」を書いた、というのが分かるような、小袖の純真さがよく分かるお話だった。
小袖が悲しかった理由というのが。

中宮彰子様が可愛がっていた唐猫が皮膚病にかかってしまう。殺してしまうしかない、ということだったのだが、猫がそれを察したのか逃げてしまう。
その逃げた先が小袖の元だったのだ。
不憫に思った小袖はずっと胸に抱えていたのだが、ついに猫は死んでしまう。

どうせだったら私みたいな見ず知らずの人間の腕ではなく、可愛がっていた彰子様の腕の中が良かったのに違いない、と悔しがる小袖。
そこに落ちたのが雷だったというわけだ。

最終的に、もとの世界に戻るべくもう一度雷に当たることとなる。
そしてもちろん最後は元の世界に戻れる。


柴田よしきの、“男嫌いなんか!?”と思うくらいの男性への攻撃っぷりにはちょっと辟易したけれども(旦那さんがいらっしゃいますが)、「源氏物語」の“実は…”話は面白かったし、しかも現代の目線を入れるはなかなかいいアイディアだったし、とにかくさらっと読めたのでエンターテイメント小説で平安時代を描くというのをうまくやってのけたんじゃないかと思った。


柴田よしき 「小袖日記」 2007年 文藝春秋

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