映画のキャスティングは結構合ってると思う(観てないけど):浅田次郎「憑神」

お目当ての本が図書館で見つからず、映画化されてポスターとかを良く見ていたからだろう、ふと目がとまったのが浅田次郎の「憑神」。

実は浅田次郎の本って「鉄道員」と「蒼穹の昴 上」しか読んだことがないけれども、この人の本って読みやすいですよね。

あまり妻夫木聡が好きでないので、映画はもともと観る気がなかったのですが、本を読んでからちょと観たくなりました。3人もの疫病神に憑かれる役なんて、妻夫木さん、うまそうじゃないですか(ほめているんだかけなしているんだか)

それはさておき、内容はというと、時は幕末、非常に不運な御徒士別所彦四郎が、三巡神社に手を合わせてしまったがゆえに、三人の疫病神に取りつかれるというお話です。
この別所彦四郎、武士の次男に生まれたのがまず不幸(だと思う)。学道、武術に長けていてもお役につくことはできず、でもちょっと幸運なことに、もう少し身分の高いところに婿養子に入ることができたのでした。でも、その幸運も長くは続かずに、男の子が生まれたとたんに、舅に難癖をつけられ、離縁させられてしまったのでした。

実家、というか兄夫婦の家の居候になってしまい、気分がくさくさしている時、ひょんなことから三巡神社に手を合わせてしまい、神に憑かれ、やった!と思ったらそいつは貧乏神だったのでした・・・
ところがこの神様、彦四郎を不憫に思って、とっておきの回避の仕方を教えてくれます。それが「宿替え」といって、取り憑く先を変えるというものでした。

とりあえず、貧乏神には憎い舅に行ってもらい、次に来た疫病神には、お役をまったくきちんと行わなくて、そのお役を取られそうになってしまっている別所家長男の兄に行ってもらい、そして死神はというと・・・

ということろで、幕末という時代が出てきます(それまですっかり忘れてたけど)。実際は大政奉還も終わり(いつの間にか)、鳥羽伏見の戦いで散々になったところで、つまりそういう時代に彦四郎は自分の死に様を探すのでした。

わたくし、どうも彦四郎が好きになれずに終わってしまいました。確かに、3人の神様に同情されるくらいの災難続きだけれども、どうも神様含め他の人が思っているように立派な人格者のようには見えない。
人が好いと言われはするけれども、他の人にちょっと強く勧められるとすぐに宿替り先を指定してしまうし。
まあ、なんというか。ちょっと軽くて時代背景を含め、人物があんまり書かれていなかったせいかもしれません、この感情移入のなさ。

最後の部分は、彦四郎の武士らしさが出てきて良かったのですが。例えば;
(権現様から頂いたといわれる、先祖代々の家宝の刀を砥ぎに出したら、それが実は贋作だと伝えられたシーンにて)

「しかし、わが祖はこの御刀を畏くも権現様より―」
「それを言うな。どういう言い伝えがあろうと、言葉に形はない…(中略)…さて、どういたすかの」
 と、喜仙堂はしおたれる彦四郎に答えを求めた。金と手間をかけて研ぎ上げるほどの刀ではないが、どうする、というふうに聞こえた。…(中略)…
「ご亭主に申し上げる」
 考えに考えた末、彦四郎はやはりこれしかないと思い定めた意志を口にした。
「おっしゃる通り、言葉に形はこざらぬ。伝承の真意を証すものは、形あるこの刀でござる。しかし、形なき言葉には、信ずる者の心がこもっており申す。よしんば刀が贋物にせよ、伝承が嘘にせよ、そうと信じて勧め(つとめ)力めた(つとめた)祖宗の心にまさる真実はござりますまい。その努力精進さえも過ちと断ずる勇気を、拙者は持ちませぬ。たとえ天下の目利きがこぞって贋物と鑑じましても、別所の家に生まれ育った侍にとって、この御刀は正真正銘の御紋康継にござりまする。畏くも東照神君より賜った、葵下坂の名刀にござりまする。どうか、ご亭主もそうと信じてお研ぎ下されよ」(p192-193)
さすが建前の文化の武士。哀れにも感じるけれども、侍小説好きの者にとっては、こういう心意気がたまらない。
あと、ちょっと横道にそれるけれど、ちょっと面白い士農工商の話があったのでそれも;
「世の中には士農工商という身分の定めがあるがの、正しくは武士がその他の人々の上位に置かれており、農工商はひとからげの庶民なのだ。ただし、武士が偉いわけではない。平時には政をなし、戦さの折には軍役を果たすのが武士の務めであるからして、偉そうに見えるだけなのだ。ゆえに、かような飢渇せる庶民に対して、武士は憐れんではならぬ。珍しがっても、忌み嫌ってもならぬ。申しわけなしとみずからの不行き届きを恥ずるのが、武士たるものだ」

p200-201

こういうようなシーンがもっと早くに出てきたらよかったのにな。
とまあ、偉そうに言いつつも、ちゃっかり楽しみ、ちゃっかり映画も観たいな、と思ったのでした。

(浅田次郎 「憑神」 2005年 新潮社)

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