電車の中で、中国人(らしき)の前ではためらった一冊:田中奈美 「北京陳情村」


読んだノン・フィクション本なんて、両手に足りるくらいしかない気もするのに、なぜ「北京陳情村」を手に取ったかというと、中国人にものすごい興味があるからだと思う。
そんなわけでYahooの本紹介ページでたまたま目に入って読んでみようと思ったのは、陳情村について知りたい(陳情村ってのをこの本で初めて知った)とか、中国の底辺について知りたいと思ったからではない。
しいていうなれば、言い方が悪くなるかもしれないけれども、バイタリティのある中国人に興味があったから、もしくは中国人のバイタリティについて読んでみたかったから。


そもそも陳情村というのは、地方政府にうんざりして中央政府に訴えにきた人たち(陳情者)が、信訪局(陳情局)受付窓口がある北京南駅周辺に、問題が解決しないまま住みついて集落化したもの。
どうやら陳情自体の歴史というのは中国では長く、古くは王朝時代まで遡るらしい(なんでも歴史の古い中国!)。そして今の陳情制度は、1949年ごろから始まったという。
そんな由緒正しい陳情制度だが、なんと解決率はわずか0.2パーセント。その背景には“まともに機能しない地方の陳情関連機関や司法制度、さらに中央の陳情機関の限界がある。(p35)”
筆者の田中奈美さんは、日本の雑誌の依頼からレポートを書くことになったのをきっかけに、陳情村に通うようになる。
そこには陳情歴が10年になるタンおばさんをはじめ、陳情書のコピーを持ち歩いて、何かにつけて自分の身の上を語りたがる人々がいた。彼らは、そして地方政府からお金を受け取っている北京の公安による陳情者狩りをかいくぐって、活動しているのだった。
彼らの魂胆というか作戦(?)をまとめると、外国のメディアを通して現状を知らせる→中央政府のトップの目にとまる→中央政府から地方政府へプレッシャー、てな感じ。
ただ陳情歴が長すぎると精神的に病んできてしまうらしく、タンおばさんの被害妄想だとか、アイデンティティの保ち方の考察なども言及されている。
とはいっても本書は陳情村の真相に迫る!だとか、陳情村の未来を考えるだとかそういった類の本じゃない。
ただひたすら田中奈美さんは陳情村に通い、人の話を聞いてるだけ。
だから読者としても、「ふ~ん」で終わってしまうレベル。
ま 大体にして、中国政府の混沌さが原因であって、外国メディアがなんらかの影響を及ぼせられるレベルじゃないと思う。
それでも本書は、ちょっと内容が薄い印象を受けるのも否めない。
なんというか、小学校の作文チック。「今日、陳情村に行きました。○○に会いました。○○は△△と言っていました」というような内容が、ほぼ8割方ある。
第15回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品らしんだけどな。
それともノンフィクションって、小説とは違ってこうやっ淡々と語られるものなのか・・・?
まぁそれでも私の目的であった、中国人のバイタリティを垣間見れたからいいけど。
あと良かったのが、田中奈美さんが感情に流されて書いているわけではなかったところ。
「可哀想」という感情だとか同情に流されそうな題材の中、田中さんは

中国では「気の毒な話」はいたるところにある。そして「気の毒さ」を商売にしている人々もまた多い。

(p18)

だとか

本当の話ならこれほど悲惨極まりないことはない。しかし頭の片隅ではどこまでが本当かなあと思案していた。

(p28)

など、冷静な目で見ている。
陳情制度っていうところからして大陸的だし(日本にあったとしても陳情村はできないと思う。政治的な問題でなくて、集落化するほど人が集まって長く滞在しないという意味で)、狩りに怯えながらも自分の陳情を通そうとする意志、そして陳情までも商売にしようとする根性。それらすべてが中国人の要素となっていると思う。
そんなわけで、陳情村についてのルポタージュとしては物足りなかっただろうけど、中国人(といってもほんの一部だけど)の姿を描くものとしては良かったと思う。


田中奈美 「北京陳情村」 2009年 小学館

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