実は時代小説が割りと好きなくせに、池波正太郎を読んだことがなかった。
でも友人が好きだというし、その友人と神楽坂散策をしてみようゼ的な話になったとき、「剣客商売」によく出てくるって言われたし、で読んでみた「剣客商売」。
いや~~面白かったーー
時代小説だし、池波正太郎ってなんか有名だし、勝手な先入観でもっと堅い話かと思っていたけれど、割と軽く読みやすい。
強いて言えば、宮部みゆきの「震える岩」シリーズをもちっと堅く、主人公を侍にした感じといえばいいのか。
短編連作集のようになっていて、謎や問題を解決していくのは、堅いどころかエンターテイメントの真髄をいっていると言っていいと思う。
いやはや、今まで読まなかったってのが実にもったいない!
秋山小兵衛・大治郎親子が軸となって話が進むのだが、個人的には大治郎のほうが主となる話が面白かった。
小兵衛のほうは、割とすごすぎて何でもすぐ解決してしまいそうだし、大治郎の愚直なまでの実直さが好感が持てた。
特にこの頃、この“実直”キャラがはやらないからかどうか知らないけれども、なかなか“いい役”で登場しない。でも、大治郎は実直でも愚鈍でなく成果をきちんとあげる、それでいて嫌味でもなく人間味もちゃんとある。うん、なんかいいな、と思ってしまったのだ。
さて、本書に収められていたお話は;
「女武芸者」
世は田沼意次が権威をふるっていた頃。
大治郎は父に建ててもらって道場を開いたが、あまりに厳しくて門人は0。
でも腕は確かで、田沼意次の屋敷内で行われた剣術の試合で、無名だったのがちょっと名が知られるようになったのだ。
そんな大治郎の元へ、人の腕を折って欲しいという依頼がくる。しかし相手の身元や、依頼主の身元も明かしてもらえず、自分の信条に反するということで大治郎は断る。
そして翌日、それを小兵衛に伝えるのだ。
さてこの小兵衛は、昔は非常に名が売れた剣客であった。今はのんびりと隠居生活を営んでおり、自分の息子より若い下女のおはるといちゃこらする日々を送っている。
大治郎の話を聞いて、つてを使って調べてみたところ、どうやらその腕を折って欲しいという相手は、田沼意次の妾腹の娘・三冬であった。
なんでも三冬に縁談が来たのだが、自分より強い相手でないと嫌だというのだ。
そしてこの三冬は道場の四天王と呼ばれるくらいの腕の持ち前。一方、その許婚に名乗り出ている男はへなちょこりん。だもんだから、三冬の腕を折って試合をさせないよう、家来たちが動いたというわけだ。
そんな成り行きで、小兵衛は三冬を助け、その姿に男装の麗人・三冬は恋に落ちてしまう、というオマケがつく。
「剣の誓約」
大治郎のもとへ、小兵衛の弟弟子・嶋岡礼蔵が訪れる。
実は大治郎は、剣客を目指した折に、大和のほうへ隠居していた小兵衛の師匠のもとへ、弟子入りに行っていた。
そこには嶋岡礼蔵もいて、大治郎は師匠が亡くなるまでの修行期間、嶋岡とも懇意にしていたのだ。
その嶋岡が大治郎をたずね「死に水をとってほしい」といいに来る。
なんでも現役時代、勝負をした剣客と10年後にまた勝負をすることを誓っていたという。その10年前には勝てたものの、今回は自分は年老い、相手はまだ若いであろうから勝てそうにない、というのだ。
嶋岡の意向に沿って大治郎は試合の相手・柿本源七郎のもとへ赴く。
しかし取り次いだのは柿本本人ではなく、門人らしき伊藤三弥であった。
柿本からの試合を承諾する手紙を受け取って大治郎は帰るのだが、実は柿本は病気を患い、肥満体となってとても試合ができる様でない。そしてこの三弥は門人でもあれば恋人でもあった。
三弥は、柿本が隠した大治郎が持ってきた手紙を盗み読みすると、人を伴って嶋岡を討ってしまう。
その際に大治郎は三弥の右腕を切るのだが、嶋岡は死んでしまう。
その遺体を持って柿本を訪ねると、驚いた柿本はそのふがいなさに、嶋岡にひれ伏すように自害してしまう。
「芸者変転」
御家人・山田勘介がゆすりの話をしているのを偶々聞いてしまったと、小兵衛のなじみの料亭の座敷女中から聞く。
なんでもゆすりの相手は将軍の御側衆の一人、石川甲斐守だという。
そのままその話は忘れてしまったのだが、また別口で、石川家に仕える者より、ゆすりに困っているという相談を受ける小兵衛。
その山田勘介の悪事を暴いて、事なきよう収める、というお話。
「井関道場・四天王」
三冬が通う井関道場は、もとは井関某という師匠がいたのだが、その師匠が亡くなってからは、四天王と呼ばれる四人が道場を守る形になっている。
ところがこの井関道場は、何分大きいので、四人統率者がいれば派閥が起きる。
四人の内一人が、井関の名前を受け継いで統率しなくてはいけない雰囲気となって、三冬は小兵衛のもとへ相談へやってくるのだった。
そんな折に、四天王の一人、一番厳しく一番人気がない、でも一番腕のいい渋谷が殺されてしまう。
その犯人は、小兵衛の調べで四天王の一人であることが分かった。
それで小兵衛は三冬に協力することになる。
まず三冬を訪ねに道場へ行き、試合を行う。そこで負けて三冬の門弟にしてもらう。
それから井関の名前をめぐっての試合が、自分自身でなくても自分の派閥の門人でもいいということだったので、小兵衛が三冬の代わりに出る。
もちろん勝敗は簡単について、小兵衛が勝ち、三冬が井関の名前を継ぐ権利を勝ち得る。
しかし三冬は別段道場の主になりたいわけではないので、解散させることにする。
「雨の鈴鹿川」
実は前二つのエピソードでは、大治郎は全然出てこなかったのだが、それは嶋岡の遺骨と遺髪を持って大和へ赴いていたからであった。
このエピソードはその帰りの話。
ある宿舎の隣の部屋より、男女の声が聞こえる。どうやら敵討ちの道中の者らしい。
その次の日、ばったりと昔の知り合い、井上八郎に出会う。
なんでも恩義のある人の息子の窮地を助けに行くところだと言うのだ。
大治郎も連れ立って、その息子の元へと行く。よくよく話を聞いてみると、昨日宿で隣室に泊まっていた男女の敵こそが、この息子らしいのだ。
この敵討ちをなんとか乗り切り、この息子を連れて、大和にある大治郎の師匠の元・屋敷に匿うというお話。
「まゆ墨の金ちゃん」
小兵衛の元へ、なじみの剣客が訪れ、大治郎が暗殺されそうだと忠告に来る。
その剣客には、大治郎は剣客なのだから自分でなんとかしなくてはいけない、と言ったものの心配で堪らない。
調査なんかしてみたところ、どうやら三弥の実家からの差し金らしいと分かった。
暗殺決行日の夜に、大治郎の家を見張る小兵衛。
その小兵衛の目の前で、大治郎は見事な腕前をもって、暗殺者をやっつける。
実はこの話が一番好きだった。
小兵衛を尊敬していて、いつも“父だったらこういうときにどうするか”と考えながら行動する大治郎。その大治郎をなんだかんだ心配している小兵衛。
『剣の誓約』の一件の後に、小兵衛が
(ああ……せがれも、こうして一つ一つ、これから先、打ち負かした相手の怨恨を背負って行くことになるのか……)
(p119)
と案じるシーンがあるのだが、そんな息子への愛情がよく表れている一編だと思う。
「御老中毒殺」
三冬は、たまたまスリの現場を目撃する。そのカモとなっていたのが自分の屋敷で働く男。
そのスリを捕まえて、後でからかってやろうと財布を覗いてみると、なんと大金と薬が入っていた。
嫌な予感がして小兵衛の元へ相談に行くと、財布を預からせてくれという。
小兵衛がツテを使ってその薬を調べると、やはり毒薬であった。
小兵衛の働きで、なんとか田沼意次は暗殺から逃れられたというお話。
池波正太郎 「剣客商売一 剣客商売」 平成14年 新潮社
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