最後までぬいには生きてて欲しい!:住井すゑ 「橋のない川(五)」


いよいよ残るは1冊となった「橋のない川」。
長かったな。ってまだ終わってないけど。

四巻から薄々感じていたのだが、どんどん“小説”要素が抜けていくシリーズだな、というのが五巻の感想。
だってほぼ住井すゑさんの思想が羅列しているだけ。
一応、孝二が考えていることになっているけれども、「孝二」というキャラは全然生きていない。
孝二はただ、住井さんの窓口になっているだけで、孝二という人が生きて考えているように感じられない。
話の性質上、それでも良いのかもしれないけれども、私はもっと「小説」度を徹底して欲しかったと思った。

せっかく部落問題を、小説という媒体を通して訴えているのだから、意見を陳列するのではなく、孝二や誠太郎の生き様を通して部落問題を提示して欲しかった。
それが前半の方では、彼らの受けていた差別、そしてそれから湧き上がる「エタとは何か?」という疑問、そういうのを物語として細かく書くことによって、話の底辺に提示されている部落問題が浮き上がっていた。

つまり、誠太郎や孝二が生き生きしていたから、読者は一緒になって傷つき、哀しみ、“結局『エタ』って何なんだろう?”と感じていた。
ところが五巻ともなると、まったく孝二が身近に感じられず、作者の主義主張が論文のように提示され、読者としては「ふんふん」と読むしかない。
もっと水平社が立ち上がるまでを丹念に書いて欲しかったし、小森で暮らす孝二と小森を出た誠太郎の対比みたいのも、きちんと描いて欲しかった。
そのほうが、今まで誠太郎や孝二と共に憤然なる想いを抱いてた私に、住井さんの主義主張がすんなり入ってきた気がして、残念でならない。

と意見をひとしきり述べた後で、物語のあらすじをざっと書くと;

孝二ももう21歳。
水平社も立ち上がり、孝二は小森支部の副支部長となっている。
水平社が立ち上がってから、小森の人たちは自分達が受けていた“差別”というものに向かうように意識するようになって、今までのように差別されたのを隠すことはなくなってきた。
そんな折に、熊夫は買ってもらった新しい傘を持って学校に行ったところ、傘を破られてしまい、それが発端となって「エッタ、エッタ」と言われてしまう。

それを正太郎から聞いた小森の親達は、怒って小学校に行くが、教師群ものらりくらり。
次の日に孝二や貞夫も連れ立って行ったが、それでものれんに腕押し。
ついには違う村のやくざまがいな人が出てきて仲裁に入ろうとしたりするが、そもそも水平社が要求するのは“和平”ではなく(そもそも喧嘩ではないんだし)、「差別をしないでほしい」というこの一点。
再度行った学校でもめてしまい、小森の親達と、孝二や貞夫は逮捕されてしまう。
獄中で老子と荘子の本を読む孝二。
その獄中での生活と、保釈になるまでの話。

流れとしてはそれだといっちゃあ、それだけだが、誠太郎に子どもができるのは特筆すべきかも。
それを伝える手紙が;

僕はこの十一月中には“父親”になれる見込みだ。…(中略)…では孝二君、祖母や母にもこのむね、よろしく伝えてください。

(p170)

てな風に、妙に他人行儀だったのが悲しかった。
昔の人は皆、こんな感じだったのだろうか。。。
あんな仲良かった兄弟が、ちょっと距離がある感じで、現代に住む私としては、そこも悲しかったのだった・・・
とりあえず、ラスト1巻読むけどね!


住井すゑ 「橋のない川(五)」 昭和56年 新潮社

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