フェルメールの良さがいまいち分からない人へ (1/4)

Johannes Vermeer, Girl with a Pearl Earring, c. 1665 Mauritshuis, The Hague

ドドン!フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》!

もはやこの作品を見たことがないという人はほとんどいないのではないでしょうか?
《モナ・リザ》級の有名作品、アートに親しくない人でも一度は見たことあるだろうと言っても過言ではない。

でも、こんなにもフェルメールが人気で、展覧会となると皆こぞって行き、人混みをかきわけて見たところで…「そんなにいいかな…確かに、めっちゃうまいけど…」と思うことありませんか?
”素敵だな”と思う絵があっても、「そんな皆が言うほどか…?」と思うこと、ありませんか?

正直なところ、私はあります…アート好きと言っときながらなんですが(笑)

「ま、人の好みだし…」で済ませてもいいのですが、今回はあえて

「なぜ、フェルメールはこんなに人気なのか!?」

ということを考察していきたいと思います。

そんなわけで、逆説フェルメール論的になりますので、フェルメールがお好きな方にはあまりお勧めできないかもです…
読まれて気分害されたらすみません!(小心者なので先に謝っておく…)

注意喚起をしたところで、さっそく見ていきましょう!


フェルメールの作品は数が少ない

フェルメールといえば、作品数の少なさで有名で、その数は本によって異なりますが、32~37作品となっています。

ただでさえ、数が少ないと希少性が高くなり、つまりありがたみが増すけれども、
謎があったり贋作が出たり盗難に何度もあったりと、

「すごい作品なんじゃないか!?」

という期待値が高まる要素がたくさんあります。

まず、について。

フェルメール自身にもまだ謎が多く、例えばフェルメールの師匠は誰だったのか分かっていませんし、後述しますがラピスラズリという高価な絵具を惜しげもなく使っているのはなぜかがよく分かっていません。

その中で一番謎なのが、なんで作品が少ないのか?ということです。
デルフトの聖ルカ組合に親方画家として加入していたので、れっきとした職業画家だったわけで、
その割には、加入した1653年から亡くなる1675年までの22年間30数作しか制作していないのは少なすぎると思いませんか?

フェルメールの作品は散逸してしまって、しかも忘れ去れた期間が長かったので、
「もしかして…まだ、どこかにフェルメールの作品が…?」
なんて、妄想がふくらむ余地があるわけです。

次に贋作について。

寡作+謎に包まれている→”どこかにフェルメールの作品が?”という妄想

こんな図式が成り立つと、贋作の余地というものも出てしまうのです。

中でも有名な贋作エピソードは、ハン・ファン・メーヘレンという人が、第二次世界大戦後、ナチスに自国の宝であるフェルメール作品を売ったかどで逮捕された際に、
実はナチスに売ったのは自分が描いた贋作で、しかも11作品も描いた、ということが判明します。

今見ると、フェルメールとは似ても似つかないものですが、
フェルメールがよく知られているスタイルを確立する前の、初期の作品がどこかにある
という期待値に、メーヘレンは目を付けたのです。

贋作の可能性を考えると、今フェルメール作品と確定されているものの価値が上がりますよね。

次に盗難について。

フェルメールの作品、小さいものが多いというのが最大の原因なのでしょうが、結構な盗難にあっています。

一例をあげると
《恋文》はなんと額縁から切り取られる形で盗まれたり、
《手紙を書く婦人と召使》は2度も盗難にあったり、
《合奏》にいたっては、盗難にあったままいまだに見つかっていません。

盗難とはちょっと違いますが、メーヘレンに騙されたナチスですが、本物もいくつか奪い取っていました。
例えば《絵画芸術》については、総統アドルフ・ヒトラーが所有していました。

盗難されるということは、もともと価値が高かったということですが、
盗難があったことで話題になり、ますます価値が高まったのではないでしょうか。

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