久しぶりに“<狐>の読書遺産”より。
坂本竜馬はあんまり好きでないので、というか幕末にそもそも興味がないので、まず自分では手に取らないだろう「坂本竜馬の手紙」。
幕末に興味ないが高じて、あんまりよく知らなかったのにもかかわらず、なかなか面白かった。
しょっぱなに、作者の元へ竜馬が現れ、今の政治家はおそまつ過ぎる…といった会話が始まった時には、え・こういう話なの…?こんなファンタジーみたいな感じで現代政情でも話し合うのか?と心配になったけれども、ちゃんと手紙の話だった。
なんか最初の部分はいらなかったような気がしてならない。
なにはともあれ、三部構成になっていて、第一部は竜馬について、第二部と三部は幕末の人々がピックアップされている。
目次を抜粋するとこんな感じ;
I
「痴情」の政治―竜馬との対話
坂本竜馬の手紙
脱藩者の夢
竜馬を愛した女たち
腰折れ詠む志士―竜馬と和歌
変貌する竜馬像
II
お竜小伝
中岡慎太郎
武市半平太
幕末四賢候
徳川慶喜
III
岩崎弥太郎
谷干城
太田黒伴雄
雲井竜雄
圧倒的に第一部が面白かった。
竜馬は自分の思想を記した書籍は残していないが、その代わり手紙が沢山あるようだ。
時々ふざけた感じになりつつも、自分の思想を書いている。
例えば
「かの小野小町が名歌詠みても、よく日照りの順のよき時は、請合い雨がふり申さず。あれは北の山が曇りてきた所を、内々よく知りて詠みたりしなり。新田ただつね(義貞の誤り)の太刀おさめて潮の引きしも、潮時を知りての事なり。天下に事をなす者は、ねぶと(方言で「腫れ物」)もよく腫れずては、針へは膿を付け申さず候」―腫れ物に針を突き刺し、膿汁をしぼり出すにしても、十分化膿させてからでないと、効果がうすい。そのように、行動を機の熟すのを見すえて起さねば、無意味に終わる、と説くのである。(p26-27)
は姉にあてた手紙。タイミングを見計らう、というのは竜馬の得意とするところであったのでは?と思う。
第一部で特に面白かったのが、強い女にばかり魅かれるという竜馬の恋遍歴を書いた“竜馬を愛した女たち”も捨てがたいけれども、何よりも“変貌する竜馬像”。
まずは自由民権運動の像として竜馬は明治16年の小説に初めて登場する。
それから庶民が親近感を持てる英雄として親しまれるのだが、日露戦争開戦直前に皇后の夢に現れた、という戦争プロパガンダに使われる。大正元年には「皇国的信念」「勤王的信念」に傾いた竜馬像が描かれる。
それから史実に近づけようという研究が進み、竜馬の行動・思想に正しく肉付けされたものとして真山青果の「坂本竜馬」が出てくる。それから講談などでも出てくるのだが、昭和14年の嵐寛寿郎の「海援隊」でまたもよ皇国的精神を持った像として出てくる。
戦後に初めて竜馬の研究をしたのが、なんとアメリカ人。
それから研究が進み、平和主義者としての像が確立されていく。
戦後の竜馬像を確立したのが、言わずもがな、司馬遼太郎の「竜馬がいく」。
その後も新左翼の動きを反映した竜馬像も出てくる。
といった感じ。
なかなか面白い。こんな像が変遷していった人物ってそういないのではないか?
第二部で特に書くことはないけれども“幕末四賢候”と“徳川慶喜”の部分は、「幕末政治家」を思い出したが、そこに何が書かれていたかさっぱり忘れてしまったのが残念だった。
第三部では岩崎弥太郎が詩人だったというのには驚いたが、何気に谷干城が印象的だった。
竜馬は日本という国が確立する前に死んでしまったが、平和主義を主張し伊藤博文を批判し、命が狙われているという時には「我らは維新前すでに死を決したれば…」(p229)という覚悟があるのがすごい。
命を張る、というところまでいかなくても、自分の保身に走らないで、これくらいの気概がないと政治って動かせないんではないか?と思った。
嶋岡晨 「坂本竜馬の手紙」 昭和57年 名著刊行会
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